おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

生きて行くことは正しい生活をする事が目的ではなく自分の問題を解決して行くことが目的であって、ガマンしたり修行することで解決はしない

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不思議なものは大好きですが、哲学としての思考を書きます。

「死んだら人は良い人になる。 仏の心になる。」なんてのはまるでウソ。死んでも生きていたときの性格や個性はそのままで、面倒な性格は死んでもそのまま。むしろ死んだら肉体が無い分、本能のままの性格(本性)がむき出しになり生きてる人達を「霊」という形をとって苦しめることがある。 死んだら肉体が無くなるだけで個人の本質は何も変わらない。生きているときに自分のマイナスな問題を解決していくことが生きる目的である。肉体が無くなったら対処できないから。

生きている時にどれだけ自分を成長させたかにより、輪廻天性を信じる人達にとっては、生まれ変わる時間の差は、生きてるときの問題の対処によって次に生まれてくるまでの期間が短くなったり長くなったりするのだ、という考えだ。

「死んだら楽になる」と思いがちだが、そう思いたいだけで、肉体が消滅しただけで苦悩は相変わらず残る、という考えの方が自然だ。「自殺」はまったく楽にならない。生きているときの体がないだけ何もできなくなったことが逆に苦しくなる。死んだら真っ暗になってすべてが「無」であるという人達もいるが、なぜ「無」だと言えるのか?を考えて欲しい。永遠でないものは肉体で、それは誰もがわかっている。死んだら「無」だと言っている人達にとっては「永遠なもの」はないということになる。これは前の記事でも書いたが、「無」という概念は「永遠」が存在せずには存在できない。だから「永遠のもの」が存在することは理論的に正しい。「死」の後が無か永遠かを確かめるには自分の心に聞いてみるしか方法はない。

人生の目的は、正しい生活をする事が目的ではなく、自分の問題を解決して行くこと、が目的であって、ガマンしたり修行することは精神をスットップさせてしまう行為で、目の前の問題から逃げる行為、せっかくの自分への問題定義を避けてしまうことで、精神的な自分の成長をあきらめること、今生きている自分の問題は何も解決はしない。成人君主のように生きなさい、なんて、おかしい。人は未完成で悩んでいる人のほうが魅力があるし、人としての完成を目指すことが目的ではなく、「今ある問題を解決してゆくプロセス」が目的であるべきである。 修行は楽に解決しようと考える方法で間違えである。具体的にひとつひとつ、ゆっくりと自分に向き合っていく過程、それこそが人生の目的である。

宗教や団体や親や、そういった何かに抑制されてる人って言うのは、他力本願で不幸で、ずーっと解決しない因縁が続く。

 

 

 

人との相性は大事だ。 相性は目に見えないもの。 趣味や思考が一緒だとしても相性の悪い相手はいる。 感覚的なものだから「相性がいいな」と感が働いたら、きっとその人とは長く続く間柄だと思うし、その逆であったら、その人とは距離を置いて避けたほうが良いと思う。

今年の11月以降、不思議なことが起こっている。

6年前におつきあいした人と、呑み屋で偶然会った。その後も3、4回と同じ店で偶然会って、いまはよく遊ぶ友達関係に戻った。

3年前にお付き合いした人と、銭湯で偶然会った。来年でも食事しましょうと言うことでライン交換して別れた。その後、たまに行く呑み屋でまた偶然会った。

15年前に恋人関係だった人と偶然呑み屋で会った。新宿の店を手伝っているというので遊びに行くようになった。

7年前に同じ呑み屋で一緒に呑んでいたが、今はまったく会っていない人の話をしたその2、3日後、夕方、道を歩いていたら向こうからその人が2人連れで歩いて来て自分のすぐ横をすれ違った。

これらはこの2ヶ月間で起こった。こういう話しは聞くことがある。再会に何の意味があるのかわからないが、立て続けで非常に不自然である。再会が嫌ではなく逆にうれしいのだから、不自然でも良い兆しのような気もする。

 

 

bearpond.hatenablog.com

 

 

ZOZOTOWN 買い取り不可ブランド達

ZOZOTOWN では、服を買い取ってくれますが、¥3,000以下のものやブランドによって不可ということで、ZOZOTOWN を通して一般的なブランドの価値観がわかる。

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↑コレが買いとってくれるブランド。

最近、Beauty & Youth の勢いが良い気がする。プレゼントとかしてる人のブランド盗み見ると、このブランドが多い。

 

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興味深いのは、↑「こっちのブランド達は不可です」ということ。ファストファッション系と、ブランドでもセカンドステージっていうの?安いシリーズが多い。いっつもバーゲンやってるし。ショップの内装やビジュアルイメージを今風にしてるが、簡単に言うと安売りブランドであると言える。つまりそれは、これらブランドは多店舗展開のブランドで、すごい量を作る量産服だというのが買い取れない原因だ。同じ服が市場にたくさんあったら価値が無いのはあたりまえだ。

売る服がない人には関係ないけど、コレを見ちゃうと、自分の持ってる服が、とあるWEB上だけでのことだけれど、まったく価値がない!ということがわかり、ブランドを気にする人達にとっては今後購入する触手が伸びるか?と疑問である。

スーパーの肉の持ち帰り方

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スーパーの地下に食料を買いに行きました。レジ終わって、台のほうへ移動。カゴから袋へ入れなおしていると、斜め前の40才ぐらいの細くて背の高いメガネにスーツにコートの男が、豚コマの肉のパックを逆さまにして、台にバンバンとたたいてる。「怖」・・・何やってるのか見てると、容器の上にかかってるラップを下にしてるから、そこに肉が乗っかって、そして、ラップを容器の裏側から丁寧にはがして、肉をそのラップで上手に包んで、自分の持ってきた紙袋の中に入れていた。 つまり、容器が必要ないということだろう。 肉は全部で3つ。同じように、逆さまにしてラップに肉を落とし、ラップをはがし、そのラップで肉を包んで紙袋へ・・・容器が、がさばって家に持ち帰るとゴミになるからだと思う。それにしても、容器のラップで包んで持ち帰る技は初めて見た。何だかすごい違和感。ちょっと気持悪いかも。でも効率的ではある。 堂々とひるみもせずにする肉の持ち帰り方に感動。 相当手慣れた手つきであった。 普通のサラリーマンってところが違和感だが、主婦がやってたら技ありであるが、若いサラリーマンが堂々とやってるのって・・・

昔の肉屋では紙みたいな長いもので包んでくれたっけ。だけどスーパーで、それもラップだけってのは、どうかなぁ・・・・