おとこひとり

BEARPOND[ベアポンド] ゲイ 1957年東京生まれ・在住 無宗教・無信仰・嫌煙 Mac在宅デザイナー ■話し好き。笑わせるのが好き。 ■自分大好きのナルシスト。自分がまあまあ最高だと思っている。自分がおもしろいと思っている。 ■銭湯・スパなど、裸になるところが好き。 ■酒好き。飯をたくさん食うヤツが好き。カラオケ好き。 ■イビキ・パチンコ・競馬・賭け事一般・ゴルフ・野球・などは嫌い。 ■洋服大好き。雑貨好き。買物好き。HERMES 大好き。女の所作にはきびしい。

観察者の観る行為で状態が変わるという量子力学を信じるか?

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この本によると、

「怒り」で活発になる脳の部位は、「恐怖」で活発になる部位と、同じ!

だそうです。

言い切ってますので、そうだ、と言うことです。

こう続きます。 電車に乗っている人たちの「脳」に「怒り」が充満していると、そこに乗り込んだ場合、その人達の「怒り」に自分に感染し、同じ部位にあることから「恐怖」を感じていると誤解して、心拍数が上がったり、汗をかいたりする、と言うことです。

たとえば、怒りに狂っている上司に対し、その「怒り」に感染して、関係ない「恐怖」を感じてしまう、つまり、こんな馬鹿な上司など怖くないのに、上司の「怒り」がコチラに感染し、「恐怖」と間違って脳が感じてしまう、というもの。なるほど。これは使える。「怖い!」と感じたら、もしかしたら怖いのではなく怒りかもしれない。何かに怒っているのかもしれない。ということ。

これは とてもおもしろいと思うし、説得力があるな、と思った。

いまヒマつぶしにYoutubeの動画観ているが、たまたま、「量子力学」に「関する動画が多々あった。物理学と対局にあるような考えであることもわかった。

量子論(力学)でいうと、物体はすべてエネルギーで極端に言ったら存在しない。この世はバーチャルリアリティーである、と言う説である。

さらに、「量子もつれ」という現象があり、どんなに離れた状態の量子同士でも、同じ状態になるというのだ。さらに!「光子(ひかり)」による実験によると、「実験者(観察者)が光子の状態を目で観る」ことによって光子の状態に影響が出る、と言うことがわかったそうだ。これは信じられないことだと思う。 ただ量子を観ただけでその量子の行動に影響がでるなどどは・・・

つまり、観察者の「観る」といこういによって物質(実はエネルギー?)の動きが変わってしまう、と言うことだ。(オカルト的にいうとテレパシーなどの意味合いを含んでいるという)

観ただけで変わる。

これは物理的に解明できない部分であるから、いまは量子力学とはいえオカルトとして処理されるが、さっき書いた電車の中で「怒り」が充満している場合、それに影響されるとうことは、量子力学で説明がつく。

また、離れている人を「じ〜」と見た場合、その人がコチラの視線に気がつく経験は誰もあるはずだ。視線を向けているだけでだ。これはどう説明つけるか?

 

この世界が仮想現実であることを示す証明式 - YouTube

  

人情:京都殺人案内・藤田まこと

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「京都殺人案内」は、1979年から2010年に藤田まこと主演で土曜ワイド劇場(テレビ朝日系)で放送されました。・・・ということですが、いま、CATV銀河テレビで放送してます。なつかしい。

藤田まこと といえばもう亡くなって久しいが、いまのテレビの刑事ドラマには無い「人情もの」が得意であった。

たぶん皆さんのおじいさんの年齢であろう藤田まこと。30代の人には接点は無いだろう。

はぐれ刑事純情派」と言うのもあった。

「人情刑事もの」はいろんな作家が書いているが、松本清張を筆頭に共通するのが、普通の人が悪い奴らに苦しめられ、愛するものを奪われ復讐する・・・その悲しみ、宿命。

人間の感覚というのは年齢で変わるのだろうか? 進化か退化か? 

「人情」というのは昭和生まれ以前の人にしかわからない感覚ではないだろうか?と思った。最後の救いが「人情」? 安心して話せる人は人情がある人。

「人情」とはその人と悲しみを共有できる、ということだろうか?

 

 

ゆっくりソファーに横になれないトラウマ

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思い出したこと。
ソファーにゆっくりねっ転がったり座っていられない自分。
なぜなんだろう?なんて考えたこと無かったけど、子供の頃に親にコタツ&座布団上でだらけていたら、

「何ダラダラしてるの!しゃきっとしなさい!」

と怒られた記憶があるからだと思った。だからフカフカの椅子やソファーでダラーっとできない。

こういうのをトラウマというのだ。

ある女性のブログに、

「自分は高い服が買えない。昔親から“何そんな高いもの買って!”としかられたから」ということが書いてあった。

大人になってもショッピンで高級なものを買うのに罪悪感が出るのは子供の頃に親がしかったせいだ。これはトラウマである。親が不条理に子供を洗脳していくのである。

しかし、こういう小さなトラウマはたくさんある気がする。ほぼ親による間違ったしつけが原因だ。誰でも間違ったことをされてきている。その親も自分の親から間違ったしつけをさせられてきたのだ。

そう考えると親に対して無性に頭に来る。

子供は親の支配下にあって意外に反抗できないものなのだ。もう死んでしまった親に今さら頭にきてもしょうがないのだが、自分の親だからと言って美化はしたくない。

でもよかった。自分、子供なんて嫌いだし結婚もする気もないしそう言う意味ではトラウマになってしまう被害者(子供)がひとり、自分の血縁から出ない訳だから。

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