おとこひとり

59才おとこ・筋トレ・服・デザイン・時代・哲学

夜歩く

 

夜更かしがクセになってしまった。
昼間、近所で広大な敷地にマンションの建設をしている。地面掘って埋めてクレーンで引っ張って、地球をぶっ壊してるって感じ。これがあと2年続く。さらにそこら中の空き地が住宅ラッシュだ。一般の住宅はあっという間に建ってしまう。この建築ラッシュはいったいどういうことなのだろう?どこでもそうなのだろうか? 隙間という隙間に住宅を建てている。もう昔の風景はいっさい無く、どこ歩いてるかもわからなくなってしまう。ぼそっと小耳に挟んだのは農家の人、または土地をもっている人は今年中に売ってしまわないとすごく税金がかるらしい・・・とおっさんたちの立ち話を盗み聞きした。いろんな人が引っ越してて新しい街になる。違う土地に家を建てて住む、というのはどういう気分なんだろう?縁もゆかりも無い土地(?)に暮らすのはどういう気持ちなんだろう。「家族で力を合わせて新しい土地で生きる」というのはどういう気持ちなんだろう。
去年までの2年間は浅草に住んでいた。サラリーマン達はマンション暮らしだが、それ以外の人はただ住んでいるのではなく家が仕事場になっている場合が多い。台東区のあたりの土地はだいたいが神社やお寺の持ち物で、個人がその土地を買うことが出来ずずっと賃貸という決まりになっているところが多いらしい。そういう街は歩いていてとても暇つぶしになった。神社があってすぐヨコがカフェで、またすぎたらお寺で・・・・裏の路地などはしばらく来なくてもまったくかわってしまったということはあまりない。

気分がすぐれない夜は、浅草寺に行って境内を歩きながら気持ちを落ち着かせることも出来た。小雨が降っていてもそれはそれで気持ち良かった。遠くを見れば観光地なのでどこかしらに明かりがあった。
今いる街は、夜中にただ歩くということが出来ない。いや、出来るだろうが、どこを見ても美しい風景は無く、おもむきのある複雑な場所も無く、整理されすぎていて、新しい発見もなく、人が住んでいるというだけで何も無い街を歩くと言うの恐ろしく退屈だ。
よくわからないけれど、浅草には、何かがあった。「夜歩く」といったことが感動的で景色も美しく、街の空気には夜でも静かに昼間の生気の余韻が残っていた。

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浅草の遊園地:2014年、花屋敷を望む

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2014年、スカイツリー浅草寺を望む