おとこひとり

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ストロヴォロスの賢者への道

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ちょっとまじめな、、というか、目にみえない話を書きます。


いま、「メッセンジャー」という本を読んでいますが、とても気になったことがありました。
半分ほど読んだその部分に書かれていたことです。

 

キプロス島に、チャネラーとしてたくさんの人を救ってきた実在の人物、ダスカロスを取材した彼の日々の話です。その中に、ダスカロスが前世で、幼少期にキリストに会っていた、そして最後の審判のときにもまた会い・・・その時の話がダスカロス本人の言葉で克明に書かれていました。前世でキリストに会ったと言う話は(信頼できる人で)聞いたことがありませんでした。

自分はキリストもキリスト教もまったくの無知ですし、まわりにそういった関係者もいません。そして、キリストは実在の人物だとは思っていませんでした。

宗教がつくった教訓的なもの、かとずっと思っていました。キリスト教は「神」という言葉がたくさん出てくるので昔は拒絶していました。


ダスカロスが2000年前の前世で、本人の言葉で、誰もが知っているキリストとの関わりを、今、起こっているかのごとく語られ、いまそれを、2016年に自分が読んで体験していること、にショックでした。2000年前まえ、といっても、昔のような気がしないのは、頭がおかしいのでしょうか?

その話は映像となって動き、やせた優しい顔、血、破けた服、石の道、扁平だが湾曲した丘、兵士の靴、暗い景色の色、雲のカタチ、そして読み終わると胸が苦しく涙が出てきました。

 

なによりそれを読んで、キリストが ”実在して生きていた” と感じたことに驚きました。
それは自分の頭が勝手につくった人物かもしれませんし、それを実在のように感じてるのかもしれません。しかし、オーバーに演出されたイメージではなく、映画のように劇的なものでもなく、地味に、みすぼらしく、そんな見失ってしまいそうな(頭の中で感じる)状況は、逆に印象的に効果的につくられたイメージではなかったことに真実みがありました。
ただ、あくまでもイメージは付属品です。感じたことは、つまり、ダスカロスの話は活字ですが、そこからダスカロスの経験した意識を自分が拾い、彼の話が真実だと感じた、ということです。

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「キリスト」&「キリストの教え」と、「キリスト教」は同じではない、と思います。
かたや宗教なので知る気はありません。
「知らないより知ってたほうが良い」というのは詭弁で宗教に関してはとくに危険だと思っています。
とくに自分のようにまったく何も知らない者は、先のダスカロスの本の件で、そのほうがいいと思いました。つまり、先入観なく、キリストのおこなったことの意味、をわかることが大事で、聖書や言い伝えではなく知る方法はあるのではないか?そのほうがいいのではないか?と、思いました。現にこうしてこの本からキリストのほんの一部を、それも教会から出された書物などではなく、リアリティーある事実を知ったわけです。

ローマ、トルコ、イスラエルパレスチナ、、、キリストに縁のある地域とそこで起こった出来事は日本から見ると別な世界の出来事ような気がするのは自分だけでしょうか?日本は世界の中で、まったく違う位置にあるような気がします。そこには古代から紛争といったものがないからでしょうか?紛争がない、宗教戦争もない、だから、中東の古代から耐えない紛争は、日本にとって日本人にとってほんとうに、別な世界の出来事だと思います。それを身近に感じないのは当然だと思います。(前世では、もしかしたらその紛争地帯に生きていた人がいるかも知れませんが、あまり聞いたことがありません。)
必要のあるところに必要なことが起こる、と言います(意味なく起こるわけがないので)。
だから、キリストは必要な場所に生まれた・・・。
日本には必要がなかった・・・。
ただ、それだけのことではないでしょうか。