おとこひとり

BEARPOND[ベアポンド] ゲイ 1957年東京生まれ・在住 無宗教・無信仰・嫌煙 Mac在宅デザイナー ■話し好き。笑わせるのが好き。 ■自分大好きのナルシスト。自分がまあまあ最高だと思っている。自分がおもしろいと思っている。 ■銭湯・スパなど、裸になるところが好き。 ■酒好き。飯をたくさん食うヤツが好き。カラオケ好き。 ■イビキ・パチンコ・競馬・賭け事一般・ゴルフ・野球・などは嫌い。 ■洋服大好き。雑貨好き。買物好き。HERMES 大好き。女の所作にはきびしい。

「美」はギリシャ彫刻の中にあり、ファッションセンスを磨くツール

f:id:bearpond:20180105145410j:plain

f:id:bearpond:20180105150014j:plain

SHOES, WOOLCOAT, DOWNBEST, HUTING,BUG : HERMES

 

街を歩いていると、くすんだ黒の安っぽいダウンジャケットに、同じく黒っぽいポリエステル系のスラックス、それもサイズオーバーでだらしないパンツに、スーパーで売ってそうな韓国か中国製のスニーカー。さらに頭には英語の刺繍があるキャップと言う、どーしてそんなスタイルになるの、という中年男性ばかりである。オシャレの”オ”の字もないスタイル。ユニクロでも良いから全部取っ替えて欲しい。もともと服に興味ないんだな、と思うし、服を気にすることが恥ずかしいとか女々しいとか、そういう風に思っている男である。そして奥さんが見放してるか、独身でケチで、「美」という意識が薄いのだと思う。

服のセンスが良いというのは「美的レベル」が高い、と言っても良い。第三国、後進国はオシャレに気を使ってはいるがセンスが無いことで「美」にはまだまだ遅れてしまっている。「清潔感があれば良いのだ」なんて言うのは「服着てれば良い」と同じぐらい判断に入らない言葉である。オリンピックの開会式で選手達がユニフォームを着ているが、その服と着る人の意識と肉体が混ざり合ってひとつの「美」を作っている。世界中の服を比べるのは楽しい。国の違いにより肉体と服とのトータルな美の差があることは明白である。

黒のダウンジャケットにパンツにキャップにマスクなんてしてられたら、犯罪者によくいるスタイルになってしまうのである。こういう人を見ると、どんなに金持っていても、ファションセンスが無かったらその人の価値は低くなる。

人間の中身は外見が作ると言ってもいい。外見を磨いていくことで美意識が高く鍛えられてゆく。しかし、人間外見じゃない中身だ、と言ってる人は、外観を、肉体を磨くのが好きじゃないだけで楽しているわけである。自分の外見に興味が無い人、つまり、糸が出るくらいほどけてても気にしないパンツに毛玉だらけのセーターに、皆がはいてると言うからはいてるニューバランスのスニーカー・・・センスを良くしようとガンバらない人は、それを見ざるをえない周りの人に失礼だと言うことを、わかってほしい。

「美」というものには個人差がある。が、それは古代から刷り込まれたものである気もする。が、好き嫌いではなく、客観的に「美しい」と言えるものは存在する。それを自分の心で感じることができないといけない。

f:id:bearpond:20180105153750j:plain

美しいものは、周りを輝かせ幸せにする。が一方、欲望をも発生させる。

f:id:bearpond:20180105153843j:plain

人の体は美しい。

が、”美しいもの”になるための努力をせずに「美」は手に入らない。

ギリシャ彫刻の理想像が「美」である。

抽象的で感じるものである「美」を自分の頭で論じていない人にはファッションのセンスなどはまったくテーマにもならない。