おとこひとり

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どっちかが悪いと決めつけることは知性の無い人

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週刊誌の「文春」が不倫などの芸能人、政界人をすっぱ抜いていることが続いているが、それで、その人が弾劾されて引退を余儀なくされるようなことが続く。それにより我々は、その対象者を一気に悪者にしたり、すっぱ抜いた文春が悪い、と言ったりする。

新潮社の出版部の部長、中瀬ゆかり氏が言っていたことが気に入った。

「人は週刊誌のすっぱ抜きに対して良い悪いをはっきり決めすぎる。文春が人の人生をダメにしているから文春が一番悪い、とか、いや、不倫したそいつが最高に悪い、とか、中間がなく、どっちかが悪いと決めすぎることがいいことなのだろうか?」

「ある人の言葉に、”知性”というのは、あるものごと対して傾倒していくことじゃない。ある事柄では [良い] と言い、違うことが起こると [悪い] と言い、どっちかであるしかない、という思考の人は、知性を持っているとはいえない。」

「知性とは、物事を極端に考えていくことをしないこと、が知性なのだ。と。」

と、いうようなことをおっしゃっていました。

この話を聞いて、

貴乃花親方のことを思い出した。

マスコミに何も言わなかったときに悪者扱いした者がTVで多くコメントをし、新しい情報が出ると、正しいと言ったり、何かあるとどっちかに転ぶ、先ほど言った「知性」のかけらもない人達がマスコミでものを言う。

その彼らたちに貴乃花は、モノを言わないことを正しくないと勝手に攻められているのだ。

テレビや週刊誌の記事も、それを読んで喜んでる人も、それが真実でもウソでもどっちでもいい三面記事であることには変わらず、噂好きで好奇心の固まりのような人達のためのごちそうでしかないのだ。なんと知性のない者であるかということだ。