おとこひとり

60才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

StyleRavie(スタイル・ラヴィー)はステキな服:その2

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Style Ravie : スタイル・ラヴィー はステキな服!

と、まえにも書いたが、

セールでつまんないデザインの量販店のプチ・プラの服なんか買わないで、このStyleRavieの服のほうに目を向けたほうがいい。価格的にもセールで7千円代だし。

デザインのこだわり感、量産にはないアイデア性、縫製技術、パターンのキレイさ、それらは即価格に跳ね返ってくるものだけれど、デザイナーの惜しみない努力で、テレビ通販向けに作られたこの服は、数は作れど一切手抜きがない。

それにくらべ、どこか冷めた服に仕上がってる量販服は、縫製の甘さが目立つのに加え魅力あるオリジナリティーが無い。何回も言っているのだが、恐ろしいほどの数を作るということはどういうことか?をもっと考えないと、どんなに上手にコーディネートしても限界はある。

なぜか、では聞くが、

プチプラの服のデザイナーはその服についてのメッセージはちゃんとありますか?

どういう着こなしをして欲しいと言ってますか?

どんな年代の人に着て欲しいと言ってますか?

どこがデザインのポイントか言ってますか?

何でその素材を使ったか言ってますか?

なぜその価格で出来たか言ってますか?

、、つまり、そういうこだわりが薄いのがプチプラの服なんです。ちゃんとこだわりを持ったら価格にはね返ってくるし、着こなせない人が多数出てくるのです。

基本、オシャレにあるポリシーを持ってる人は量産の服は買わない。

どんなに気に入った服があっても、それが安くても、そこに作った人のメッセージが希薄であれば、ただの布で作った衣、でしかないのだから、大事にする気もなくなり、自分の価値も価格通り安いものに成り下がる。

ただ、それは着る人の意識の差だから、どっちでも関係ないが、もっとステキになれるのにわざわざプチプラでコーディネートする必要はない気がする。

 

そこにいくとこのスタイル・ラヴィーの服はいつも感心させられる。

イデアにあふれて、やり過ぎない中庸(ちゅうよう)であるが故に知性を感じる服である。

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このスプリングコートは自分が好きなアイデアである。

袖の裏にデザイナーのオリジナルの柄(かわいい絵)とカラーのふちどりで北欧風でもあるし、ポップな若々しさもあって好きである。さらに、同柄のストールが付いてるというのうれしい。袖と襟元がリンクするのである。こういう子供服のような柄を一部に使うというのは、そう簡単にできることではない。上手に入れないと難しい。だから成功例のこの服は意外性があってステキに見えるのだ。

 

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自分が最近たどり着いたブランド、[THOM BROWN] の服で言うと、面倒な処理であるがゆえに人と違うデザインで優越感を感じる服、であるので好きなのだが、それは、腕のひじ側にオリジナルのカッティングを入れたり、ボタンにポップなものを入れたり、裏地に凝ったりと、スタイル・ラヴィーの服も、そういったこ細かいところにこだわってるデザイナーが作らないと出来ない服であるといえる。やりすぎないオリジナルを考えないとステキな服はできない。

それができないデザイナーは、ただの配色と異素材を縫い合わせただけのオオザッパな処理だけに酔った未熟で「しゃべり過ぎの服」になるのだ。