おとこひとり

60才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

テクニックを自慢するのは幼稚

f:id:bearpond:20180324152611j:plain

ずいぶん前だと思うが、兄弟のピアノ連弾をテレビでやっていた。

その連弾は、はげしいくけたたましい勢いのテクニックを自慢する演奏であった。 ひとりではなく2人で交互に入れ替わったり指が交差しまくったりと、とても難しいことをしているようであったが、演奏の目的は曲を聴かせると言うことでなくただひたすらテクニックを見せる、サーカスのような行為で終始する。

これを観たときに音が、「うるさい」と思った以外に、たぶん小さいときからピアノを習ってきただろうが、「残念な人達だ」と感じた。

技術を競うことは同じレールの同じ地点へと向かっているだけで、情緒性や感情など個人の個性はそこに存在しない。個性を伸ばすことだけが誰も行き着けない最高の到達点に行ける。

テクニックだけの演奏はただの自慢である。

技術の披露という点ではスポーツと同じで技術を競うことだが、スポーツ選手は自慢などしない。しかしそのスポーツには最近、芸術点などと言うものがあるが、どこまで芸術がわかってる人が採点してるかが疑問である。

テクニックが無いと 表現したいことが表現できないからテクニックを身につける、というのが技術を磨く意味だと思うが、芸術において、技術のみだけが前に出ている作品を見たり聞いたりしても心が豊かにならない。「うまいねー」「どうやって描いたの?」と思うだけだ。

よく言われる「器用貧乏」と言うのは、何をやってもそこそこ上手に仕上げられる人。その逆で不器用な人と言うのは努力するから確実に技術が身に付くし悩んで考えも深くなって良い作品が出来上がる。あのゴッホがいい例で、絵で物や人をリアルに描くくことが出来ないから、結果的に人を感動させる絵を残した。

音楽(芸術)になぜテクニックが必要なのだろう?と、アホのような疑問を考えてみた。