おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

プラスチックのスプーン類のキレイさに気がつく、その意味は?

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ちょっとまえから 気になってたこと・・があります。

コンビニでもらう 使い捨てとしてもらうプリンやスイーツのプラスチックのスプーン類。もちろん、捨てないです。

だって、これら、

キレイです。

カタチの完成度が高い。

質感はけっして良いとは言えない。

プラだし、ビンボーくさいって、そう思う自分もいるが、誰にもほめられずあたりまえのようにもらえて、素直に、タダ同然でもらうプラスチックのカトラリー類に 親しみさえわいている。

スパゲティなんか食べる時は、しっかりした金属のスプーンを使うけれど、それでも、金属を口の中に入れることが最近、嫌になった。なぜかわからんが。

ファッションでプチプラをやめようーって言ってるのに、この大量生産のスプーンはいいの?っていう疑問は残るが、これらプラスチックカトラリーは脇役をカンペキにこなしているところが良い。主役じゃないこれらチープなスプーン類のキレイさに、まだ、気づいてる人は少ないと思う。

でも、もっと深読みしてみる。

これらスプーン類を人に例えると、

常時 受け身で、気がつかれるのを待ち、

必要なくなったら捨てられて、

またいつでも欲しくなったら手に入る・・・

君たちは受け身のつくすタイプ・・・

これ、恋愛と似てるじゃない?!

めんどくさいヤツは苦手。ときに人を振り回してしまうけど・・・

そんな自分の勝手な恋愛感を、ただのプラのスプーンで気がつく。

”人でなし” の恋愛感・・・だ。