おとこひとり

60才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

人は 死んだあと、すべてを理解する。

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宜保さんの首に映ってる白い影はテレビ画面を撮影したときのiPadのリンゴのマークです。

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なつかしいコメンテーターの方々。

 

今から約23年前、

当時は心霊番組が多く、

その主人公である宜保愛子さんの番組が

多くのチャンネルで放送されていた。

もちろん、自分はリアルで観ていた。

 

「霊能者」と言う、一見、いかがわしさを、

普通の主婦である宜保愛子さんが、払拭したといってよい。

 

いま、YouTubeで、あらためて観ている。

なぜか?

思い出したように観たくなった。

 

たくさんビデオのなかで、彼女の理路整然とした語りは、

非常に好感と信頼を感じる。

この時代以降、テレビに出てきた霊能者を名乗る人は、

いっさい偽物だろうと、感じるくらい、この方は別物である。

 

後半は、心ない人間が、ひぼう中傷で、彼女を傷付けたようだが、

当時も今も、番組を作るテレビ局側に大きな問題があると思う。

つまり、こういう未知の世界を

「ミステリー」とか、

「謎の」とか、

「驚異の!」とか、

視聴率のために、おぞましい雰囲気にもってゆく、

さらに、不穏で暗いBGMを付けたり、

血のりのような暗く陰湿な文字を使ったり、

テレビ制作者達の、未熟な頭で、そういうオーバーで興味本位の「やらせ」にはしらせた結果が、彼女へのひぼう中傷をあおった、と思っている。

 

こういうものは、「信じるか?」「信じないか?」

ではなく、

「ある」と思うか? 思わないか?

であると思う。

だから、 「無い」と思う人は、それで いいわけである。

「ある」と、押しつける理由は いっさいないわけだから。

あるか、無いかで、議論する意味も、必要性も、ない。

 

しかし、

これだけは言える。

 

人は、死んだあと、 すべてを理解する。

 

己の死後に、

すべての謎が わかる。

 

だから、

生きているときに、

見えないものを学習しておかないと、

自分の死後に、

おろおろと、おたおたと、

自分が死んだことも理解できずに、

「死」の意味がわからず、

生きていた時のことが忘れられずに、

いつまでも、おたおたとする死後を 歩むのである。