おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

過去の意味。「記憶」が必要ない人

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記憶というのは、人によって重要度というのは、ちがうのだろうか?

約束事とか、何かの大事な番号とか、人の名前とか、そういう単発的な記憶と、

過去に経験した状況の記憶とは、脳のストック場所がちがうと思う。

昔のことを、今あったことのように鮮明におぼえている人って、ほんとうだろうか?

記憶に残ってるシーンというのは、何か衝撃的なことだとおもうので、そういう出来事がない場合は、ほぼ、忘れているに違いないと思う。むりやり思い出せば、糸をたどって思い出せないこともない、とおもうが・・・。

 

思い出したことが、実際に自分が昔に体験したことだという実感は(自分の場合)まるでない。(なぜか)ウソのような記憶に思える。現実に起こった気がしない。

昔、実体験をしたことは 事実なのだろうか?

オカルト的に考えると、すべての過去はバーチャルである。ということか・・

あの有名なSF映画ブレード・ランナー」で、人造人間レプリカントが偽の記憶を植え付けられて、まるでそれを疑わない、それとどこか似ていないか?

 

あのとき、あの場所で、こういう状況だったなぁ・・・・と頭で思っても、まるで紙芝居のように静止画で、質感もツヤもなにもないシーンが思い浮かぶ(自分)。

 

いったい、自分の今までの60年に起きていたことは、リアルなのか?

実際に起きていたことなのか?

少しばかりの記憶はあるが、まったく現実感はない。

過去とはそういうものだろうか?

自分だけだろうか?(まだボケ老人ではないが)

 

記憶が、どこかに行ってしまってるのは、

  1. 良い風に考えれば、何もこだわることが無く、後悔も、悔しい思いも無いまま、すぎていったということ。
  2. 悪く言えば、なにごとにも感動せず、大事にせずに生きてきたか・・・
  3. または、嫌なことが多かったため忘れたほうが良いと無意識に意識がそうさせているか・・・

もしかして、3. の可能性が大きい。

ひとなみに、嫌な事件はたくさんあったはずだ。それを引きずっていないわけは、起きた状況と、そのときの感情を忘れている(自分自身に忘れさせられている)のだ。

 

カッコよく言うと、

過ぎ去った時間はすぐにモノクロのように色あせてゆき、この「今」しかリアリティがない。(あたりまえか?)

これを突き詰めると、「今」にしか意味はない。ということではないだろうか?(自分の場合だけだが)

 

自分は冷たい人間だと思う。

想い出、なんて欲しいと思わない。

結婚や子供やそういうモノを欲してないから、

人と一緒に生きる人生じゃないから、

自分だけの記憶でいいわけだから、

記憶を操作できる自由がある。

(パートナーの誕生日、結婚記念日、何かの大事なことを忘れてても誰にも文句を言われないということ)

 

過去になにも引きずるモノゴトがない場合、

「記憶」が必要ない(意味無い)

ということに、ならないだろうか・・・?