おとこひとり

62才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

あたりまえの会話を避ける

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黄色いニット(カシミア&コットン)にブルーのマウンテンパーカー、といういでたち。

黄色、好きです。

でも、24個間テレビっぽくなっちゃうので、あまり着ないけれど。

 

こんなさわやか系で買物に行く。

雑貨屋のレジの女子は、

「ご自宅でご利用ですかぁ〜(~_^)??」

なーんて、聞いてくる。

「いえ、ちがいます(@_@)」

と、答える数秒間。

最近、レジの子をちゃんと見るようにしました。

以前は、対話というものをさけていた。

「シャイ」というのと、ちょっとちがう。

「フレンドリー」っていうのと対局の自分である。

わざと「フレンドリー」を避けている。

でも、それではいけない。人として不自然だ。

ほんらいは、かなり調子者なのであるが。

理由は後半に書くことにしよう。

 

自分に自信がないときは、こっそりかくれて歩きたいものである。外を歩いて、どこを見ても、誰とすれ違っても、輝く自分であったら、誰にでも笑顔で対応できるだろう。

 

雑貨屋はスーパーとかのレジの対応と、ちょっとちがう。

スーパーとかの対応は、そんなに愛嬌を出す必要はなく、パートのおばちゃんがひたすら自分の作業をこなすだけ、、、っていうことだから、雑貨屋とか女子力強い店のレジは、スーパーより営業精神が高く、販売員は笑顔と親しみを出す店が多い。

ちゃんとした教育がなされてる店は、そういう「おもてなし」精神がある。

レジにいる人、それは、その店の広告塔と言ってよいでしょう。

そんな雑貨屋に行って買物してレジで、いつもはそっぽ向いてる自分だが、これからはレジ女子をちゃんと見て答えることにした。

しかし、コーヒーやワインの販売店「カルディー」で「コーヒーどうぞ!」と差し出された紙コップを、無視してしまった・・・。何という失態。これも不自然である。

 

こういう自分を、もっと深く書くと、さっき書いたレジの対応など、ほんの数秒のことであるが、でも、その数秒の対話で、もしかして相手が「奥さんへのプレゼントですか?」などという会話が出たら、そういうノーマルな会話が出たら(でない確率は高いが)、いったい、何と答えたらいいだろう・・?ということを避けるために、対話をせず、目を合わせず、さけている、と言える。

人が、あたりまえのことだと思っていることが、自分(自分たち)には、あたりまえではないのだ。世間のあたりまえのこと、例えば「奥さんとこんど来てくださいね」とか「お子さん用ですか?」とか聞かれたら、あたりまえの人の暮らしとちがうので、答えられない。ただしく答えるとシラける。だから、人との会話を逃げる。

自分の正直になろうとするあまり、対応を避ける。これでは健全とは言えない。身体に良い食い物を食ってるのに、人との関係が不健全では意味がない。

閉鎖的な日本人の代表のような自分だな、と思った。