おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

ヒキコモリ・人(他人)

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中高年のヒキコモリが、増えてるそうな・・・

5080問題(80代の親が50代の子の面倒を見る)というのだそうだが、そういうのが増えてるのは肌感覚でわかる。

4、50代というのは、平成ちょい前、昭和の後半に生まれた世代。そう、自分もそこに入っている。

正確には、この中高年のヒキコモリは、一切外出しない人、無職の人、、という設定らしい。家で仕事をしている自営業で外出しない、という人は、ヒキコモリというジャンルには入らないそうだ(あたりまえだ)。

親の面倒を見る年代の子供が、家で引きこもるのはけしからん!と批判されるが、結果、住む所も食事も親に頼っているわけだが、、それはわかっていてもソコから動けない。

実家にヒキコモルのは、悪い意味で親にだいじに育てられた人が多い、のだと思う。

親は、「人(他人)には悪い人はいない。人(他人)を大事にしなさい。」と、教科書のように育てたのじゃないか?と思う。

これは、非常に大きな間違えである。

「人(他人)には悪い人がいて、ズルく、勝手な人間が多いので、気をつけなさい。そういう人(他人)に、上手に対応しなさい・・・」

と、人は生まれもって悪い人はいないのだ・・というまちがった説(生善説)をもって教育された子供は、勝手な人(他人)に出合うと対処法がないので、精神に強いプレッシャーを感じることになる。

ヒキコモリというのは、こういう生善説の親のまちがった教育によって、人(他人)を善人だと教えられた結果、起こった悲劇だと思う。

 

その結果、彼らは世の中の全てに絶望する。

親も、まったく知らない他人でも、誰もかれも大嫌いになる。

だから、安全地帯の自分だけの世界にいる。

でも、ほんとうは、人のことが好きになれる能力も持っている反面、人に対してとても正直で正確な判断を求めてしまう。人と楽しくコミニュケーションをとりたいし、人に頼りたいし頼ってほしいという気持もある。

自己嫌悪になったのではなく、悪い人(他人)が自分へ攻撃してきた結果、人(他人)が嫌いになったのだ。その結果、自分(の考え)を修正できず=ヒキコモリしかなくなったのである。

(脱出する方法はわからないのだ)

 

自分のことは、最低な自分だとは、心底思っていない。

そうじゃなく、自分にとっての人(他人)の心が問題なのだ。

しかし、人を変えることはできない。

自分が人(他人)への気持を変えるしかないのだ。

引きこもっていなくても、毎日、自分をだまして会社に行き、人と会話する。それがあたりまえだと、人は言う。

ヒキコモリになる人は自分に正直なのだ。

 

人(他人)のために、自分がヒキコモる必要なんかない。

人(他人)より弱くても、関係ない。人(他人)は、自分が主役の映画のただの通りすがりの脇役。ヤなヤツも、ズルいヤツも最低のヤツも、配役に必要なだけのただの通りすがりの人(他人)。

だけれど、もっと簡単で、楽しい処方箋が欲しい。

 

自分が楽しめてまわりが変るようなこと・・・

それは、ファッションじゃないか?と思う。服にメイクに、外見を人(他人)よりイケてるように改造する。美容院に行って今風にして、女性なら百貨店の1階に行けば、タダでメイクしてくれる(商品は買わないと失礼だが)。これによって、自分が楽しめるので人(他人)が思ってることなど、どーでもよくなる。パソコンに向かって日々過ごす楽しみでは、何も変わらない。ファッション&メイクをカッコよくすれば、まず、人に見せたくなって、街に出たくなる。街に出ることが大切。