おとこひとり

62才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

エスカレートするキライな人たち

自分は つくずく人がキライなんだな、と思う。

「自分だったら そんなことはしない。」と、人の行動に頭の中でクレームを付けること しきり。その頻度がますます 多くなってきた。

それが 小さなことでも大きなことでも、この人は何でわからないのだろうか?と不満に思うし、消えて欲しいとさえ思う。「消えて」とは、自分のまえから、そして、自分と同じ時刻、同じ場所、に、存在しないで欲しい、という意味である。

汚いアパートのゴミ置き場、不法投棄の空き缶の山、大声のアジアの労働、大音量の田舎もんの車、咳き込むヤツ、

ルールを守って生活する人たちに迷惑をかける自分勝手な人たち。

これらを許すも許さないも、彼らを変えることは今の時代では無理である。絶対に無理である。なぜなら、ルールやマナーを教えても、心を入れ替えたように見えても、それはただそういう振りをしているだけで、すぐに元に戻るからだ。ようするに彼らは「猿マネ」しているだけなのである。

生活レベルが上がっても一部の人々の意識は未発達のまま、あと何十年、何百年経っても、そういう意識の人はいつの時代にも同じように現れ、同じことをくり返し 変わることはない。

では、すべての人にそう思うか? といったら、そんなことはなく、そう思わない人たちは、いる。 ということは、自分が心地良いと思う人は、必ず居て、そうじゃない人がたくさん居て、未熟な人たちがとても目立ってしまっている、ということだろう。

前の記事に書いたが 「78:22の法則」というものあがって、ソフトバンク孫社長ユダヤの偉い人たちも、この法則を重視している。 この世にあるすべてのバランスはこの78:22が一番良し、とされている。

 

そこで、考えたのだが、

 

キライな人 :78

心地よい人 :22

 

の比率で存在するのだと、思う。

このバランスで人が存在するのが正しいと思えば、しかたがないとあきらめられる。結局、78の「キライな人」が多く存在しないと、22の比率の「心地よい人」が存在しない、、ということだろうから。そう思わないとどうしようもない大きな壁が目の前にあって、希望をもつことが出来ないから。

 

地球に居る今生きている人間は、精神の発達度合いは、どれもこれもそんなに変らないと思う。300年、500年、もっと先だろうか? 時代が進むと まともな人間は増えるのだろうか? もしかして今が人間の頂点なのだろうか? それだったら意識を22の心地良い人に努力して向けるしか方法はなく、自分の精神はおだやかになれない。