おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

若者の不幸

人のうわさも七十五日。と、言います。

ニュースや事件も、人の記憶は薄れてゆく。しかし、当事者たちは忘れるはずもなく。それほど第三者ってのは、いいかげんなもの。

起こった事件の事ばかりを思い込んでいては第2の人生に踏み出せなくなるので、精神的な面を考えてあまり良いとは言えない。

芸能ニュースは実にいいかげんである。盛り上げるだけ盛り上げて、あきたら、もう終わり。それが芸能界。

あの反社会のイベントに出た芸人たち、いったい今はどうしてるんでしょうね。売れてる芸人でさえ、もう画面に出なくなると、1年、3年、5年と、人々の記憶から薄れて、終いには、もうどーでもいい人になるのである。ペーペーの芸人たちの末路にしては、あまりにあっけなく寂しい終わりである。

一瞬にして仕事も信用も失った彼らは、もう誰も笑わせられない。芸人の死。である。これはキビシい。地下テレビ的な放送局には、もしかして面白半分に出演依頼が来るかもしれない。でも、もう最初の理想の生き方は出来なくなり、第2の人生として、別の生き方を考えないと生活費が稼げない。

世の中が平和なときには、あの程度の事件なら、もっと応援する声も、話題になることも、今よりも多いが、いまは「平和」であはるが、それほどおもしろくない芸人を笑っていられるほど、ノーテンキに「平和」な時代ではない。と、実はみな、肌で感じていると思う。戦争の予感ということではなく、高齢化とSNS真っ盛りの時代で、日々の不安がたくさんあるということである。

 

若い人の悩みは、仕事というより「孤独」と「他人との違い」である。

SNSでは、みな、自分を「幸せ人」としてアピールする。楽しい旅行に遊園地、楽しい飲み会、芸能人とのショット、スイーツ三昧の写真。しかしそれは、ただ人をうらやましがらせるだけの行為=つまり自慢である。これらが若者の不幸の原因である。

そういう「人からうらやましがられたい人」とは逆に、病気や不幸をネタに、うつ病パニック障害、など「逆不幸」をツールとして人とのつながりを持ち、それを生きる原動力にするといった、良いSNSの使い道もある。

こういう精神的な問題は平和とは言えない。個人が簡単に公開できる時代に、それをしていないと(SNSをしていないと)仲間が出来ないといった不幸。モノが無い時代よりも、今なほんとうは生きづらい時代。

だから、お笑い芸人が数人、テレビ画面から消えたとしても、それどころじゃないのである。