おとこひとり

62才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

経済国での無職難民

今回の台風で、台東区の避難所の職員が、ホームレス2人を中に入れなかった。ということ。ホームレスは最初、中に入ろうとしたのではなく施設の入口にいたらしいが、職員がそこは入口なので、といってどかせたと言う。

また、住所が無いために、区の施設には入れないと説明したと言う・・・。

 

このニュースを聞いて、普通の人は、人道的に間違っている。皆平等に非難させるべきだ、と批判するでしょう。

あるネットで有名らしき人は、今の日本には寛容というものが無くなっている・・・などと書いている。

家族や、自分の子供や、自分自身が、ホームレスと接近したことが無い人が言う、偽善の言葉です、↑これは。人間の本能として、絶対に避けます。ホームレスは。

 

このホームレスを入れるか入れないかの問題は、人にとって、非常に非常に、むずかしい問題だと自分は思う。そして、どっちかに結論は出ない問題でもあると思う。

 

口からキレイごとを言うのは簡単です。

人道的にとか、人として、とか。

もっとリアルに発言して欲しいと思う。

 

まず最初に、

「みなさんはホームレスにあったことありますか?」

「ホームレスと間近に接触したことはありますか?」

と問いたい。

 

台東区には電車やバスで移動するホームレスがいます。見てすぐにわかります。姿は汚いの一言です。彼らが座ったあとには座る気がしません。でも知らないで座ってしまう人はいます。「そこ、さっきホームレスが座ってましたよ」とは、いえませんし。これって差別ですか?差別じゃないでしょ! だってどうしてホームレスになったかなんてそんな理由は関係なく、汚いということが、公共でまわりに迷惑がかかると言う意識が無い、ということがこの場合のホームレスの問題です。普通の人が嫌がることを、他人が非難できますか?出来ないでしょう。

職場でモラハラだのセクハラだの、差別言ってるけど、ホームレスがハラスメントで差別した人を訴えたら・・・?

皆の税金と、制度で、無職ホームレスを擁護する法律をつくったら? せめて、風呂に入らずノミもシラミも無い普通の見た目にはなるようにしたら・・・?

 

台東区などに住んでる人たちは、身近にホームレスはいます。台東区に住んでいたことと大学も台東区だったので身近にわかります。そのホームレスを見た目だけで3つにわけたいと思います。どんな理由でホームレスになったのか?などはまったく意味ありません。ホームレスの差別は、ただ単に「汚さ」=そのイメージです。

 

1)汚さ度合いレベル 3

総合的:無職で日雇いのために住所が無いが土方などで日雇いで働ける。

   (だが簡易ホテルを住所にできない人=住所不定

見た目:まあまま普通のカッコ。普通の人と見分けつかないが、

    靴がボロボロであるので路上かな?と感じる。

不潔感:3(10段階中)

 

2)汚さ度合いレベル 5

総合的:路上生活。駅や隙間などに寝泊まり。(住所不定

    段ボールなどで寝る。荷物はエコバッグやひろったもの。

    この人たちは縄張りがあって年数によって上下関係がある。

見た目:一目で路上かも?と感じる服装。

    つまり年配なのに変にヤングの服で汚いカッコである。

    (ひろったかもらったかであるため)

    どこか必ず破けた服である。また、靴は汚い。そして臭い。

不潔感:5(10段階中)

 

3)汚さ度合いレベル 10

総合的:路上をリヤカーや何個もの袋をもって徘徊する。(住所不定

    歩道橋の下や人がいないところで寝る。

    荷物はリヤカーに恐ろしいほどの大量の袋をぶら下げて、

    空き缶を拾って売り飛ばすため、ヨロヨロと歩いている。

見た目:汚れで真っ黒である。髪もレゲエである。肌もどす黒く、

    顔はもう表情が無い。1回も風呂には入ってない。

    のみ、シラミはもちろん、何かの菌がいることは確かである。

不潔感:10(10段階中)

 

ざっと、ホームレス見た目をわけるとこの3つとします。

上記のように、大きくわけて3つのホームレスの見た目があります。

避難したみなさんや職員が一番、気になるのは、ノミやシラミやばい菌が移ること。

つまり、「汚い」ことです。

汚くなければ、となりにいても平気でしょうが、ここに問題があると思います。

レベル1のホームレスは、たまに風呂に入るぐらいで、普通の人と変りません。しかし、レベル10近くなると、もう人間らしさは無いと言っていいでしょうし、もし避難所でとなりにいられたら、台風と浮浪者とどっちを取るかの究極の選択になってしまうほど、悲惨な事態になってしまいます。

 

もしあのとき中に入れてたら・・・それだけで避難所の中は賛成派と反対派と、大問題になります。賛成派は「人道的にあたりまえ!命は皆平等!」と言うだろうし、反対派は「子供に危険だし安心できません」と言うだろう。そして、反対したほうが非道だと言われる。

今の韓国のように、人間というのは何に関しても意見のちがう人たちがいるので、それに火をつけることは最善ではなく、分断させるような要因は無いほうがが幸せに暮らせる。それほど、人はおろかで醜い。善良な人にも醜い心は誰の心にも宿っている。

 

もし、人命救助に「優先順位」なるものが存在するならば、社会的弱者と呼ばれる人を優先するのが先進国の常識と言うことだろう。

 

  1. 子供
  2. 老人
  3. 病人
  4. 障害者
  5. 女性
  6. 男性

そして、ここにホームレスはどこに入るのだろうか??

  1. 子供
  2. 老人
  3. ホームレス
  4. 病人
  5. 障害者
  6. 女性
  7. 男性

だいたいホームレスは初老〜老人であるので、これか?

↑でも、これは絶対おかしい。

 

問題点は、こういうことがハッキリしないことじゃないのだろうか?どこにホームレスを位置づけるか?ということ。

 

例えば避難所に入れたとして、みなバタバタしてる中で、子供がホームレスに近づいた時に「○○ちゃん、そっちに行っちゃダメ!」と親は言うでしょう。

これは差別になるのでしょうか?

アメリカの映画にありそうなストーリーが出来そうです。子供が避難所で、あるホームレスに近づき、ひそかに友達になって、そのホームレスも心に暖かいものが芽生え、いつか子供が大人になった時にそのホームレスと偶然出会い・・・・

といった、スピルバーグ監督の映画風に、そんなドラマが避難所であるも知れない。

 

ホームレスになる理由は省きましたが、会社が倒産、家のローンが払えず、離婚、破産、そしてホームレス・・・そう言う人もいる。 会社を首になり体調の理由で仕事が見つからず家賃も払えずホームレスに・・・という人もいる。

つまり、いくらまじめに働いていても不幸の列車に乗ってしまうのである。でも理由は関係ありません。理由を言ったからって、汚いのはかわりません。

しかし、どんな理由があったにしろ、税金など払えるはずも無く、まじめに税金払って高い家賃払っておそくまで残業している人にとっては、「ホームレスに優遇するものなど何も無い!」と思ってるだろう。

このあいだ書いたトルコから逃げて来たアフガニスタン人やその周辺の人たちと、状況はちがえど、日本の場合は「無職難民」と言えるでしょう。

トルコの場合は戦争で危険なためすべてを捨てて避難、もちろん無職であり、誰もが応援したい状況だが、経済国での無職難民の場合、だれもが「人間失格で落ちた奴らだ。ダメな奴らだ。」と、冷ややかな視線を送る。

 

今回の避難所への台東区の職員の拒否は、「住所不定だから」、が理由じゃないのは、だれもがわかっている。住所無しのホームレスだとわかっても、見た目が汚くなければ入れたと思う。

「間仕切りで区切ればいい」とか、そういう物理的な問題でほんの少しは解決するだろうが、でも、トイレを一緒に使うのか?きっと汚くするだろう・・・とか、とか、間仕切りから何メートルに普通の人をいさせるのか? とか、なんだか、もう考えててもイヤになります。

これは まったく結論が出ない大変むずかしい問題である。

 

PS:

ホームレスは路上で生活し風呂も入らず、しかし、その環境で生き抜いている。死んだ人もいる。実際に上野の歩道橋の下で、新宿の裏通りで、死んだホームレスを警官が処理していたのに遭遇している。そんな彼らは、我々のような環境じゃなくあそこまで生きられるということは、体が非常に丈夫である、とも言える。普通の人が明日からあの状態になったら、一冬超えられずに死んでしまうだろう。かれらはひじょうに強い。しかし、このまえの台風まで乗りこえられる強さはないと、無意識に思ったのだろう。「生きる」ということの欲がある証拠だが、我々とちがうのは、ただこのまま生き続けるというだけの、欲であるが・・・。