おとこひとり

62才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

氷の世界

このところ、ファッションの話題が多かった日が続きました。

と、前置きして、なんですが・・・

たまにテレ東(東京だと昔の12チャンネル=今の7ちゃん)で、

信じるか信じないかはあなた次第・・・」

という、都市伝説の番組をたまにやってるんだけど、その特番でゲストのひとりが、

「・・(前略)いろいろあるけど、もしかして意味なんて無いんじゃない??」

って言葉に、自分でも知ってはいたが気が付かないフリしていたような、そんなショッキングな気持がわいた。

都市伝説の番組って、宇宙人、UFO、フリーメイソン、ピラミッドなどなど、たとえばマヤの予言だったり、そういう雑誌ムー的な話題を検証するわけだが・・・

 

そんなことすべてに意味が無いのだとしたら・・・

そもそも、そういうものはハッタリだと言う人もいるし、

世界にある不思議にも、人生にも、好きな人との出逢いにも・・・

宝くじが当たったとしても、病気になっても・・・

 

すべてに

意味がないとしたら?

 

いや、仏陀の教えのように、すべてのものごとには意味がある、と思いたい。

因果応報、輪廻、ブーメラン現象、バチがあたる、

人間はどこからきたのか?

それに「意味」など無かったら?

 

それは・・・・恐ろしいことです。

 

微生物が偶然生まれて、細胞分裂して増えてゆくのと同じように、ただ意味も無く人が発生して増えて行くだけだとしたら・・・

人はただ目的も、意味も無く生まれ、死んだらテレビの放送がプツッと消えて真っ暗になるように、全てが終わる・・・

 

 

どこかの国でドラマチックに波乱万丈に生きる人たち、

人生を謳歌して生きてる人たちにとっては、

人生は意味のあるモノと、とらえているだろう。

しかし、生まれて、そして死ぬことに、まったく意味が無いとしたら・・・

 

いや、よそう。

べつに病んでいるわけではないから、安心してください。

 

考える前提で、何ごとにも意味があると思うから「何で?」という疑問が湧く。

意味が無いという前提だったら、ただ何も悩まず気にもとめず、不幸も偶然も有りのままを受け止め、今ある命を生きるだけ、である。

そのほうが正しいかもしれない。

生に対して無頓着のほうが正しいのかも知れない。

陰謀説や不安や運命や宿命など、そんなことなどいっさい気に留めずに、

ただ、ただ、生きる。

これは、つまり、「禅」の世界なのかもしれない・・・

人は賢く、俗っぽくなるに従って、人生には意味がある、意味が無ければ自分がこんなに不幸なわけが無い・・と思うのだろう。意味があるから納得できる。しかし、

「ただ生きる」ことはとても難しい。何のせいにもできずに困難を自分で受けとめなければならないのだから。

古代の人、または都市伝説を考えた人は、人間の尊厳を作るために、人はただ生まれて死んでゆくものではなく、人の生には意味があり、すばらしい意味を持って生まれたのだ、と、人間に未知数をあたえ、人の一生を意味のあるものだと後世へ刷り込んだのかも知れない。

この話題はもっと考えてからもう一度、書くことにします。