東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

ストロヴォロスの賢者への道

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ちょっとまじめな、、というか、目にみえない話を書きます。

(200.5月月修正)


いま、「メッセンジャー」という本を読んでいます。その中でとても気になったことがありました。半分ほど読んだその部分に書かれていたことです。

この本はキプロス島に、チャネラーとしてたくさんの人を救ってきた実在の人物、ダスカロスを取材した彼の日々の話です。その中に、ダスカロスが前世で、幼少期にキリストに会っていた、そして最後の審判のときにもまた会い・・・その時の話がダスカロス本人の言葉で克明に書かれていました。前世でキリストに会ったと言う話は(信頼できる人で)聞いたことがありませんでした。
ダスカロスが2000年前の前世で、本人の言葉で、誰もが知っているキリストとの関わりを、今、起こっているかのごとく語られ、いまそれを、2016年に自分が読んで体験していること、におどろきます。

その話は読んでいておもしろく、映像となって動き、やせた優しい顔、血、破けた服、石の道、扁平だが湾曲した丘、兵士の靴、暗い景色の色、雲のカタチ、として想像できました。

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ローマ、トルコ、イスラエルパレスチナ、、、キリストに縁のある地域とそこで起こった出来事は日本から見ると別な世界の出来事ような気がするのは自分だけでしょうか?

日本は世界の中で、まったく違う位置にあるような気がします。

そこには古代から紛争といったものがないからでしょうか?紛争がない、宗教戦争もない、だから、中東の古代から耐えない紛争は、日本にとって日本人にとってほんとうに、別な世界の出来事だと思います。それを身近に感じないのは当然だと思います。(前世では、もしかしたらその紛争地帯に生きていた人がいるかも知れませんが、あまり聞いたことがありません。)

必要のあるところに必要なことが起こる、と言います(意味なく起こるわけがないので)。だから、キリストは必要な場所に生まれたと。