東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

知る不快より知らない幸せ

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聞くだけでも不快なニュース、

いつの季節にも、何かが起こる。

高齢者の無責任な運転により殺されてしまった人、

貧乏を言い訳付けて人を殺すヤツ、

輸入規制された事を逆ギレする国、

利益のために観光外人を歓迎しながらマナーが悪いと文句を言う奴ら、

すべて、エゴである。

自分(自分たち)さえよければ良いのである。

そんなことにいちいち反応していたら身が保たない。

世間で起こる事件、事故は、学校や親たちは大事だから、大切だからと知るように進めるが、ホントにそうだろうか? 地球の裏側のテロを心配する必要があるのだろうか?

もしかして日本に、この街に、そのテロリストがやってくるかもしれないから、知ってたほうが良いというのあろうか?

例えば30代の人間が、あと50年生きるとして、その50年間に彗星が地球にぶつかったら、それはあきらめがつくだろうが、ぶつかるかぶつからないかわからないものを、日々心配して身構えて暮らすことが良いだろうか?

明日来るかもしれない地震や洪水に備えるのとは、訳が違う。

地震や水害から身を守るのは、玄関のドアにカギを付けないで暮らすようなもので、この日本ではあたりまえの現実的な備えであって、ハレー彗星から身を守るために備蓄する、、などと言った馬鹿げた信仰とは違う。

とにかく、不快なニュースは観ない、聞かない、心配しない。

人あから「そんな事も知らないの?と言われようとも。

知る不快より知らない幸せ。それで十分、生きて行ける。