おとこひとり

62才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

中国には問題あるが中国製には問題はない・・・果たして、そう言い切れるだろうか?

f:id:bearpond:20200414130307j:plain
いっとき、中国製の服を断捨離したのに、いつのまにか溜まってしまった。

最近、またすごく気になってる。きっとこのウィルスの発生地が中国だから、前より「中国製」の3文字が気になってる。

中国では発生元は中国じゃない!ってなこと言い出してるし、ほんとにヤバい国だよ。でも中国人に親しい人がいるわけじゃないので、関係ないけどね。

ただただ、日本がバカにされないように、安倍ちゃんが政治でどーにか処理しろ!と言いたい。

日本人って本当にお人好しだよね。他国のように、ガンガン悪口いうわけじゃないし、非常に理知的な国民。だから、野蛮な国からあっさりバカにされることを言われるし、言われ放題。でも、それでいいのかもね。そういうおおらかなところが他国にない良いところだから。

すべて中国製を無くそうと思ったら、日用品のほとんどがなくなってしまうくらい、ほぼ中国製。あらめて考えると、これは大変な事実だと思わないか?

お洋服は日常雑貨より簡単に対処できる。それと食品も同じく対処できる。

インテリア雑貨や日用品、さらに建物の建材、などなど、全てのジャンルに中国製があるから悩みは尽きない・・・

f:id:bearpond:20200413163315p:plain

中国には問題あるが中国製には問題はない・・・果たして、そう言い切れるだろうか?

ちょっと違うが、

覚醒剤や麻薬で捕まった芸能人たち、映画やドラマが放映できなくなったりして、そういうのにたいして、「作品には罪はない!だから、放映すべし!」などと言う人がいる。

つまり、こう言う人は本当は大きな主義があるわけじゃなく、ただその芸能人が観れなくなっちゃうのがいやなだけで、作品に罪はない・・などと芸術論的なことに置き換えて言ってるだけだ。

正直に、「○○さんが観たいから放送して!」ってミーハーに言えば素直に伝わるのに。

それで、なにを言いたいかと言うと、「作品に罪はない」って言う意味。

映画に出ている人には罪があっても、その映画は命がない(物)だから罪がない。と言っているわけだ。もしくは作品という尊い物だから人の罪は関係ないのだ、とも取れる。

罪は物体には適用されない・・・ということを言ってるわけだ。

そういった、命じゃないものに対して、罪がない、という言い方をし、だから放映しても問題がない、とするのはとても「ずるい」考え方である。

しかし、

自然の樹木や花と違って、

建物や料理は人が作ったものである。

映画やドラマも人が作ったものである。

人が作った物(作品)に罪のある人が関わっていた場合、その物(作品)は人と同様に罪があると考える方が自然である。

もっとオカルト的な発想でいうと、映画「羊たちの沈黙」の1シーンに、アルコール漬けになったビンの中に人の頭部を見つけるFBIのジュディーフォスター。そのビン詰めの頭部は変質者のコレクション、まさに彼の作品なのである。

誰か観せるために作った物か?そうじゃないか?は関係ない。作り上げる意識があって出来た物は作品と呼ぶのである。

ここまで書いて、どうお思いだろうか?

このおぞましい人間の頭部の作品に「罪はない」と言えるだろうか?

f:id:bearpond:20200413163315p:plain

作品と、それを作った変質者は同等の罪にあたると思わないか?。

もし殺人罪の俳優が出ていた作品だったら、「作品には罪はない」などと言えるのだろうか?麻薬だから甘いのだろうか?

作品が過度に犯罪を誘発させる内容であった場合や、スプラッターのように変質的な犯罪映画であったら、その作品は「罪がある」とはっきり言えるだろう。その場合は、物である作品が最初に罪があるとなり、続いて作者も罪がある、という順番になり、結局、両方に罪あがるということになる。

f:id:bearpond:20200413163315p:plain

ということは、作品も犯罪者も、罪の程度によって決まることなのだろうか?

殺人罪じゃなくても映画の主役じゃなくても、何らかの罪を犯した俳優が関わりのある作品は、すでにその罪で汚れているのであって、罪を犯した人間と同等の罪があると言える。殺人罪だったらそれ相応の罪の作品、覚醒剤保持だったら保持と同等の罪の作品というように。

また、逆に、ひどく罪深い作品は、その出演者が演技しただけだでも同等に罪が深いということになる。

そもそも、「作品に罪はない」という言葉は、意味をなしていない言葉。

罪を憎んで人を憎まず、なんていう言葉もあるけど、罪と人とは一心同体ではないのか?

罪はそれ自体では存在しないのではないか?人が何らかの行為をしたことによって罪が初めて生まれるわけだから。

だから「作品に罪はない」と言う言葉はおかしなことなのだ。

もし、作品がだれかに悪えいきょうを与えたら、そのとき初めて、作品が罪をつくることになる。

だから、犯罪者がその作品に出てた場合、その出演者の演技を観て何らかの悪い影響を受けたとしたら、初めて作品が罪を作った、ということになる。

100%そういうことがゼッタイに起こらないとは言えない。

だから、世間の悪えいきょうを未然に防ぐと言う意味で、

「作品が2次的に罪を作る場合がある」という言い方が正しい。

 

中国には問題あるが中国製品には問題はない・・・果たして、そう言い切れるだろうか?

ということを言いたかったわけだが、大変に長くなってしまった。