おとこひとり

62才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

ブラックでも思想でも何でも無いならすぐにやめることだ。

おにぎりアートっていうらしい。おにぎりでリアルな動物の頭部を表現する・・・または、顔を作ったりしてお弁当に入れたりする。子供が喜ぶと思って?

しかし!よーく考えて見てください。=まえから思ってたけど食べ物で何か違うものを表現することはやってはいけないこと。夜店で動物の形の2次元のシルエットだけのベッコウ飴とは訳が違う。

動物のシルエットは自然で美しい。その形を絵に描いたりすることと、食べるもので、それもリアルな頭部だけを作って皿に乗せて、いったいどういう神経をしているのだろう?

この動物の頭部のおにぎりを見て欲しい。これは「おにぎりアート」ではなくただの「生首」である。「どお?すごくリアルにできたでしょ?これおにぎりなのよ!」とドヤ顔で褒めてもらいたいわけだ。しかし、浅はかなことだ。

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街で売ってるケーキで、何かの生き物の顔や動物が飴やチョコレートで作られてて乗っかってるケーキがよくあります。ケーキを取り分けてそのフィギュアみたいなものは子供は欲しがるが、あれは食えない。リアルじゃ無いが生き物の形をしている物体であるが、”生き物に似せたもの”には変わらない。つくづく、あの装飾はやめたらいいと思っている。

リアルかリアルじゃないか?は関係ない。子供にご飯をたくさん食べてもらおうと思ってるならなおのこと、動物の頭部や顔は不謹慎極まりない。食い物で作らなくても皿の上に頭部だけを置くとはなんともブラックで挑発的である。作った本人はそうは思っていないだろう。そこが浅はかなところなのだ。

この動物おにぎりを見て「カワイイ」と思った人は過激で刺激を求める今の時代に神経が麻痺しているか、気づかずに何かに侵されてしまっている。

つまり、↓こういうことなのだ。生き物を殺してその頭部を皿に乗せていることと同じだ。人間の死体の頭部が皿に乗ってるのと同じことだ。

犬や猫のおにぎりの下に、血の色をしたソースを敷いてくれれば、「ああ、これはメッセージなのだな、何か言いたいことや思想的なものがあるのだろうか?」と好意的に観れるが、この場合は違う。ただ「すごいでしょ!可愛くて本物みたいでしょ?!」と言われたいだけがひしひしと伝わってくる。

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現代アートでも挑戦的なことをする作家はたくさんいる。大体は共感もできずに皆中途半端で自分勝手な理論で作っている。思想的なものは大昔の作家にはあったが、今の作家は思いついきだけで目の覚めるような問題意識のある作家はいない。このおにぎりは、どこかの手の器用な主婦が作ったのだろう。思想や問題意識があって作ったものでは無い。

しかし、普通の人が思い付きで作ってしまったから、それを可愛いね!すごいね!という風にマスコミが取り上げる、だから逆に大いに問題なのだ。これは生首の死体。もし胴体があっても、なぜ食い物なのか?ネットやマスコミに見せ終わったら食うわけだから、本物の生き物じゃなくても趣味が悪い。