東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

年賀状どーする?

東京は感染者がどどっと増え始めてます。寒くなったとか、いろいろな理由で議論がされてるけれど、寒くなったから、というのは北海道の話で、東京はまだ寒くない。だから理由は飲食や会合での密集、でしょう。それしか考えられない。

もうすぐ12月になって、そんで12月ってのは年の瀬で師走の声が聞こえてきて、なんだかんだと仕事も暮らしもひと段落する気持ちになる月だ。

今年はNHKの紅白は見るのやめようかな・・・別に若い歌手やグループが嫌いなわけじゃないけど、紅白ってのはレトロ満載でダサい感じが面白いのであって、タモリが司会やってるようないかにも新しいぞ〜的な歌番組風になったら普通で面白くないのだ。鶯谷のキャバレーのステージをみているような雰囲気が楽しいのに。

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今の時代は[新しいこと]がつまらない。

CGやバーチャルもまだまだ発展途上だし、どんなCGも驚きもないし、だったらアナログの方が数倍おもしろい。

 

個人で年賀状出す人は少なくはなったが一定数はいるだろう。

きのう、会社の年賀状をデザインした。今年の年賀状はむずかしい。

今年はコロナウィルスの流行で「おめでとう」とも「HAPPY」とも文言は気をつけないといけない。

考えるの面倒だからネットで参考文をパクリ。

 

・・・・・(省略)

自粛とステイホームで

すっかりご無沙汰しております

新型コロナウィルス感染症の終息を願うとともに

本年が明るい1年となりますよう

・・・・・(以下省略)

 

この場合のパクリは、別に問題ないよね。

 

「パクリ」っていうとオリンピックのシンボルマークをデザインした多摩美術大学出身で背後の審査員に同大学 OBたちが大勢いたという疑惑の審査があったりしたあのデザイナーを「パクリエーター」とまで言わしめた最悪のデザイナーを思い出す。オリンピック以外にもメガネのポスターや地方の団扇を使ったポスターなど、疑惑だらけあった。でもあのニュースは面白く観ていた。あんなパクリして金儲けしてるやつは同業者として許せんね。

参考文で紹介されてる年賀状の文言をバラバラに組み合わせて文章を作った。それで何となく知ってはいたが改めて知ったのは、「句読点」だ。

「句読点」というのは、大昔、読み書きがあまり得意でない庶民へ向けて作られた記号で、「ここで一度切れますよ、ここで終わりますよ、」と言った意味でつけられた記号である。逆に教養のある地位の人へ向けての文章には「句読点」は必要なかったのだ。なぜなら彼らは「句読点」がなくてもどこで文章が終わるか、切れるか、わかるからである。それに、今は横書きだけど筆で書いて縦書きの文章に句読点なんて関係ないしね。

「句読点」のある文章に慣れているので少し違和感はあるが、現在でも別に「句読点」がなくたって一度は迷うが読み返せばわかるのが文章というものである。

つまり「句読点」は文章が読めない人に向けて付くものであって目上の人に出す文章に「句読点」をつけるのは失礼になる、ということである。

年賀状には「句読点」をつけない。「句読点」つけて年賀状書いてる人、いるんじゃない?!