おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

マイナスな情報はいつかの幸せな日にとって不必要である

アメリカは日本時間の深夜、新大統領へ移行した。

今までの報道が正しいかはわからないが(前大統領のことだが)自分は(自分たちは)日本人だし、毎日の暮らしにはアメリカの政治などは暮らしには全くどーでもいいことだけど、あのひどいアメリカのニュースを見る(きく)たんびに、すごく嫌な気分になるし、文句なく最低な奴だなって思う。しかしそれを指示する者も最低にクレイジーである。

政治のことは特別、とか、策略でやってること、とか、そんなことはどーでもよくって、何事も人間がやることには変わりない。

その人間のすべての基本となる精神は

善良であること

そして、教えられなくても、聞かなくっても、生まれた時に備わってる人と、善良であることが備わってない人と、2つある。そしてもキリスト教ではないけれど、もうひとつ、

犠牲的精神

自分が死んで人を生かす、っていう意味じゃなくって、自分を含めた人の、人々のために、何ができるか?を、考えない、考えもしない人、その2つに分かれる。

主義主張とかそんなのも全く関係なく、そんな活動は勝手にやってればいいことで、人として生まれた時に最上位にある、最上位に必要なことが、

善良であること と 犠牲的精神 があること。

あの旧大統領の恐ろしいほどの自分主義で、アメリカは恐ろしい人間を4年間首位にさせた罪は大きい。その副作用もかなりのものが出てくる。

日本は、アメリカの悲劇と比べたら比較にならないほど幼くまともで批判するほどじゃないと思ってしまう。

今の若者はテレビを観ないというが、テレビを観るのは昭和生まれの人で「お茶の間」というものが存在する家、習慣、の人たちである。そしてテレビが家に必需品だった頃の人達だけなのだ。

「お茶の間」と言うものがない今の若い人は、習慣も意味も持たないので、テレビそのものに存在意味を持たない。それはある意味、クリエーターと言える。このクリエーター性は、もっと見習わないといけない気がする。

わかりやすく言うと、「さ、みんなで居間に集まっていつものドラマを見るぞ!」という、テレビ主導の時間の使い方、それは創造性があるとは言えない。自己で発信する暮らしじゃないと言うことだ。

感染予防が不十分なのは、若者がてレビを観ないせいだ!と言っている文化人がいるが、そうじゃなくって、すでにテレビは過去の異物でラジオと同じ次元にあるので、テレビを観ないからと言う批判は意味をなさない。

アメリカの旧大統領の4年間のショーは終わったが終わって思うのは今までの非道などの情報は、普通に暮らす日本人にはまったく必要ないものだったということだ。幸せな情報じゃない不必要なマイナスな情報を記憶に取り入れてしまった無駄を反省した。

それと同じで、

マイナスな情報はいつかの幸せな日にとって不必要である、と若者は思ってるはずだ。

マイナスの情報は、自分の暮らし、毎日の日常に影響しないことは知らなくても良い、むしろ、嫌なものは知らない方がいい。

オーバーに言えば、一生、嫌な気持ちになることを知らなくて死んでも、誰も文句言わないし何よりもその時に自分が嫌な気分にならなかったことがとてもいいことだ、と思う。そう思えば「大人なんだから知らないとダメじゃないの?」と言われている知らなくていいことがたくさんある。その最たるものがアメリカ大統領のショーだ。アカデミー賞でもあげたらどうだ?

投稿:2021年1月21日00:15