おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

弁明とは自分の「非」だけを言い放すこと。

議員になると、少なからず権力を持つ事になる。下っ端でも「先生、先生」と呼ばれる。権力を持つと今までちっぽけな自分が人を支配できて嬉しくなる。

その時からその人が善良な道を歩むか歩まないか、が決まる。

銀座のクラブで深夜まで飲み歩いた自民の3名、緊急事態宣言の規則を決めた側の人たちが銀座のクラブで、おねーちゃんの話聞いてあげて深夜まで3軒はしごという行為、それ以上に嘘をついてもみ消そうとした、これが問題なわけで。つまりマスコミや市民は善良であるのか?を問題視している。

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松本議員は一人で行ったと嘘をついた。その理由は、

「前途ある後輩議員を巻き込んでしまいたくないと言う理由から・・」

と、後輩2名をかばって一人で飲んだと嘘をついてたと弁明した。が、ここにきて自分の後輩想いをアピールするのか?と思ったら、70過ぎのジジイってタチが悪いな、と思った。

この部分を聞き流している人が多い。ここにこの人のずるさを感じる。

嘘をついたことの理由が「かばった」と言うことは、この2人に「バレなきゃいいんだよ!」と、一生許されない罪を負わせたことになるのがなんで70歳以上になってもわからないのだろうか?それが政治家の通常だろうか?

そもそも先輩議員が誘ったかどうかは関係なく、3人の大きなマナー違反行為が前提の中での話で、大悪人が小悪人をかばって、何かが許されるのか?と問いたい。大違反者が小違反者を「かばう」という、めちゃくちゃな理論になってることに気づかないようだ。

謝罪をするときには、

「2人を誘った、ということがわかったら自分の責任問題がもっと重大になる、それを避けるため一人だと嘘をついた。」と自分の「非」の部分だけを言うべきである。後輩思いの良い人の部分なんていらないし関係ない。

「発覚したのは自分だけだったからそのまま逃げ切れると思った」

と、謝罪というのは自分の「悪の部分」を徹底的に晒して、今までの自分を捨てる事なのだ。

罪を犯した者は大抵、弁護士の入れ知恵で少しでも罪が軽くなるような情状酌量の言葉を言うべし・・・と言うがごとく、釈然としない弁明をする。潔さのない者は見てて見苦しい。誰の問題でもない自分の贖罪(しょくざい)が貯まる一方なのが判らないでいる。

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事の大きさは違うが、さだまさしの「償い」と言う曲を想い出した。

この歌を聴くと泣けてくる。