東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

自分探しの旅。自分(自身)を許す。

3.11からもうすぐ10年、被害がほとんどなく遠く離れたこの東京にいても、昨日のことのようにあの大きな揺れを思い出す。福島と周りに被害のあった地域の人は時間が止まっているだろう、非常に辛い経験をされたのだから。

まだ仮設住宅にいなければならない人たちがいるなんてことが今の日本で信じられない。金で解決できるならもっと税金を使って欲しい。

今日は心にグッとこみあげるような実録ドラマをNHKで観た。震災の時に海に流れた屋根に3日間漂流し助かった男性の話だ。亡くなった奥さんとの暮らしも再現されていて、今はどんな気持ちでいるだろう?

 

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たまたま、そのあとに、ジュリア・ロバーツ主演の「食べて、祈って、恋をして」2010年公開の映画を観た。

原題が「食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書」という、まさにこの原題のような内容だった。実際の女性のジャーナリストの出来事がベースになっているそうだ。

題名からしてチャラチャラした映画かと思いきや、彼女の描写が、複雑で面倒な感情の表現が、ノーマルな男性には理解不能なことだと思うが、原題にもあるように女性ターゲットの映画だが、ゲイにもおカマたちにも理解できる映画だと、作り方に感心した。

「自分を許す」とは?

「自分を許すことができるか?」

「どうしたら新しくスタートさせられるか?」

がこの映画のテーマである。

皆、悩んで旅をする。恋愛で悩む女性(ジュリア・ロバーツ)、自堕落な生活で全てを失った中年男、離婚で子供と別れ後悔する男、皆それぞれに自分探しで場所を変えて解決しようとしている。

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ジュリア・ロバーツは離婚もし、恋人と別れ、失意と後悔で旅をして自分を見つめ直す、、、つまり「自分探しの旅」に出るのである。イタリアでの仲間とのたくさんの会話、インドで瞑想、バリ島でも瞑想と師との会話・・・しかし、恋人を忘れることもできず、離婚した男にも未練、インドも、バリも、イタリアも、ただ場所を変えただけで自分の気持ちを変えることはできない。

自分事だが35年前30才前にバリ島へ行った。以後ハマって何回行っただろうか・・2、3年の間に10回は行っただろう。バリの自然の景色や風習は欧米人には神秘的で何かを得られる力があるだろうが、何かを探しに行くアジアの、自分のような人間もいる・・・新鮮な風景とフレンドリーな人がリハビリに十分な世界。とても魅力的な場所だと思うがしかし、本当は悩み解決でバリ島に行っても、フランスに行ってもニューヨークに行ってもどこに行っても(その旅のおかげで)自分の悩みを解決することはできない。。と、この映画は言っている。自分もそう思う。

映画のエピローグは、自分自身の精神を守るために自分が決めた秩序、バランス、それを新たな恋愛で壊れることの恐れ、によって新たな恋愛もあきらめるが、「愛は秩序を壊すことも含まれる」と言ったバリの人生の師の言葉で、背中を押されて新しい恋愛で新たな自分をスタートさせることに目が覚めたジュリア・ロバーツ。自分(自身)を許した、ということである。

新しい恋愛が今までの未練を消した=こう言うことはよくある。でも、たいていは新しいもので古いものが消される、、、といった上書きにすぎない。

上書きでのスタートは、完全に理解して消去できていないため、また同じことを繰り返すのである。データは完全消去(人間で言ったら完全に理解する)しないと見えない領域に残っているのである。

だから、新しい彼氏や彼女をすぐに作っても昔の出来事を理解しないでまぎらわしただけのスタートではダメなのだ。だからこの映画のように場所を変えて同じような悩む人に会い人生の師に話を聞いて瞑想して・・・のような遠回りをして、探して悩んでやっと見つかる、だから、悩んで時間がかかっても自分探しの旅は無駄じゃないのだ。

10年かかって新しい自分でスタートできるのと、10年後にまた同じ目をみるのと、どっちがいいか?といったら、すぐに似たものでフタをしないで悩んで探して時間をかけて新しいものを探す方が結果、良い。