東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

東京は怖ところだ

雨の一日だった。

空から何か落ちてきたのか?と思うほどの雷は

今までで1番の大きな音だった。

しばらくしたら、まるで無音な夜になった。

気まぐれなこの天気は疲れる。

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こんな雨の日はホームレスはどうしてるのだろう・・・? NHKでは、通りのゴミを拾うボランティアの40代の男に「じゃまだったから」という理由で殺された広島出身のホームレスの高齢の女性のレポートを流していた。

(暗すぎる、チャンネル変えよう)と思ったが、最後まで観た。なぜなら、この女性が夜を過ごしたバス停が小さい頃からよく知っている町のバス停だったからだ。

人生には後悔、失敗、がたくさんあるけれど、こういう事件で思うのは、地方から夢を持って東京に出てきたはいいが、東京の社会と人に馴染めず、しかし田舎に帰るというのは負けたことになる、とか、いまさら帰れない、とか、そんな人が東京にはたくさんいるのではないかと思う。

もう46年も前になる古い古い話、18歳で大学受験をするため美術研究所へ通っていた。そこがこの女性の事件のあった街である。

5、6年まえに懐かしさからこの街に降りて歩いてみたことがあった。大きな通りから路地に入ると、とても乱雑でハッキリ言って汚くゴミが放置されっぱなしのような、浅草などの下町とは違う怖さ、皆、生活に疲れて綺麗にしようなどと言う気がないような殺伐としたものを感じる街に変わっていた。駅の上にある大きなショッピングセンターの通路にはダンボールやコンテナのようなものが邪魔に積み上げられて掃除などしていない、そんな人の愛情のかけらもない街に変わっていた。46年も経てば人間性のない街にもなるのだろうか。

そんな街のバス停のベンチで起こったホームレスの女性の殺人事件。まだホームレスになる前は多分この町で働いていたか、この街になんらかの愛着があったのだろう。

最近のバス停のベンチは腰を乗せるだけの小さなベンチで、とても休めないものである。このバス停の反対側には遊歩道の公園があるのに、なぜそこに行かなかったのだろう?なんでこんなバス停に、と思うだろうが、上野にも公園に寝ないでバス停のベンチにいるホームレスは多い。たぶん、とくに女性の場合は街灯が無い暗い公園は何が起きるかわからないし、おやじ狩りのようなものが起きやすく危険だ、と思っていたに違いない、と自分は思う。だから体が休めないにも関わらずにバス停のベンチにホームレスが多いのはそう言うわけだと思う。

この街は自分にはもう過去の街だが、こんな東京の悪いところを持つ意地悪で雑多な街で夜を過ごさずに、もっと人情味のある街でホームレスをすればよかったのに、と思った。しかしそれは無理な話だ。地方の人には都内のどこが安全で綺麗でなんていう土地勘はないし、わかるわけがない。

東京を語るにはまだ自信はないが、「東京は怖いところだ」「東京なんかに行かせるんじゃなかった・・・」と、宮城の友人の葬儀で父親が隣で小さくつぶやいたのが忘れられない。彼はまだ40代だった。

東京で生きてゆく、それは生まれて育ったところだから。でも、わざわざ生まれた土地を捨ててこんな東京なんかに来ない方がいい。生まれ育った場所で一生を終えた方が、どんな素晴らしい人生になるだろう、と思う。