東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

地球の生き物はすべて実験で創られた

東京は最高気温30度だったらしいけど、日中外に出てもそんな暑くない。これって年取ったので感知が鈍くなたのか??と、心配になった。近年の猛暑になれたのかもしれない。

厚生労働大臣田村氏と丸川(こいつだけは呼び捨てにする)、加藤官房長官が記者からの質問に幼稚な返答をしている。人は顔を観て、だいたいその人の人格がわかるもので、このくだらない返答をしている時の顔は、とてもズルく醜いものがテレパシー(量子論では遠隔にあるものの感情が同期されるなど、つまり感情は空中に飛び交う性質がある)で伝わってくる。

CIAの鍛えられたスパイじゃないんだから、本心を隠せる人はそうは居ない。彼らってデスクワークや学校の勉強はできるかもしれないけど人の感情や心理に関してはまるで小学生並みの教養しかない、組織の利益と体裁と立場が一番重要と考えてる人たち、と、あの会見ではっきりわかった。つまり、尾身先生などの人類に対する使命感と正義感のある人たちとは真逆の人種だということだ。

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今日の感想💕

 

進化について何度も書いてるが、一匹の虫も変な鳥も微妙な進化はあるだろうがそれは進化とは言えない、ただの変化だ。長年時間が経てば順応するために体が変化するのは当然だし、しかし人間は100年程度では見た目には変化は見られない。江戸時代の人の顔つきと違うのは生活環境などが違うだけで、現代代では平均身長が高くなったり人種の掛け合わせで欧米感のある人が増えたりしているが、それは進化ではない、ただの変化である。

では、ネアンデルタール人とはずいぶんと見た目が違うのでは???と、おっしゃるなら、逆に聞いてみたい。あなたはネアンデルタール人を見たことがあるのか?と。博物館に置いてある古代の人の人形は想像であるし、そういうものだと仕組まれているのかもしれないし。何万年も前というのも実際は正確だと言えるのか?ということでもある。

博物館に展示されている巨大な恐竜の骨はたぶん本物だろう。恐竜は何かの生き物が進化してあの姿になった、わけはない。突然に、あの姿で創られたのだ。そうじゃなかったらあの巨大な姿になる以前の生き物は何だったのか?説明もできないし証拠も残っていない。

同じ様に、人間も人間の姿で創られた、と、考えるのが自然である。先に書いたが、進化はしていない。背が高くなったり顔つきが変わったりというのは暮らしや食べ物や環境にあわせて細胞が変化ただけで進化ではない。

アフリカや未開の地に、想像もできないような昆虫や鳥や生物がいる。彼らは進化したのではなく、1個体として創られたから、他に見たことのない姿になっているのだ。未開の地の生物でなくても、地球にこれだけたくさんの種類の生物がいるということはその数だけ何かから進化した、ということになり、この説は現実的ではない。

地球の生き物はすべて実験で創られた。

1000年、2000年、5000年、1万年、10万年、、、という、人にとって気の遠くなる時間でも、1秒で過ぎる存在(時間がないとも言える)、同時に存在する、恐竜も人も、彼らにとっては同じ時間(正確には時間ではない)に存在する。

しかし、その様な時間を人は認識できない。認識できないことは夢物語のSFになってしまう。もし認識できてしまったら彼らにとって実験は失敗になる。

彼らは、DNA〜細胞のレベルまで操作することができる。そして、どんな細部も、一瞬の場面でも、創作できる。つまり、簡単に言ったら監視カメラのように日常のどんな場面でも彼らは認識できる=観察できるということなのだ。これも、もしそれを人が理解できたらそのときすべての実験=操作が失敗になるため、限りなく理解できない様になっている。

どんなに証拠集めをしても、絶対にわからない様になっている。役所に行って出生証明書を取り寄せる様なものとは違う。ひとつ、可能性があるのは死んだ後。死後にこれらの真実がわかるかもしれない。(死んだ後に生き返った人もいるが記憶は無くなっている)

死というものは単なる肉体(物質)の消滅に過ぎない。体という乗り物が無くなったらこれらの疑問の答えは見つかるかもしれない。というのは、恐竜も昆虫も物質の全てが人や地球にとって重要なものではなく、生物の姿がいろいろ存在するのは単に実験だとしてもそれは物質としての価値でしか無く、本質は精神(魂)の進化と可能性がどこまであるのか?が重要で、それを人は問われないといけない。