おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

彼らがIT機器に飽きるまで、精神のアンバランスは何十年も続く

一日雨 だね、きょうは!

梅雨だから あたりまえだけど。

 

小池さんは発言を逃げ切ってるし、どうにもオリンピックは強行開催するね。

6月20日で緊急事態宣言が解除になっても、まだ、飲食店が酒禁止だったら、暴動起こしかねないね。 夜7時までで終了ぐらいだったら何とか生きられるかもしれないが、でも協力金がまだもらえないなんてことごとくひどい。ほんと、日本人って我慢強いというか良い人ばっかりで偉いと思う。オリンピック強行開催なら飲食店も飲酒強行解禁で、良いのではないの?!

今回の飲食店関係者の不満で、衆議院選挙の時に飲食関係の人たちは自民に投票しないと思うよ。もし、今まで飲食関係者のなかで自民の支持者の%が多かったら、今回は絶対負けるね。どこにも怒りをぶつけられないから、どうせなら今の政府に政権を取らせないようにしよう!と、思うのが人情だ。

どっちにしてもオリンピック以降に感染者が減るわけないし、増えるのは小学生でもわかる。ワクチンも10月以降じゃないと我々にも届かないしね。接種券なんてあとでいいのに、なにやってるのかね河野大臣さんよ。

自分とこの会社も潰れないのが不思議。感染者がやっと減ったあとで会社潰れたら、なんのために我慢してたかわからないくらい悔しい。

 

コロナの影響でバイトをクビになって無職になって自己嫌悪になって人生考えたり、自粛で学校に行けなくて孤独にさいなまれたり、明日〜来週〜1年後に何も期待できない、、といった原因で、精神のバランスを崩す人が増えているそうだ。若い人は実は真面目な人が多い日本だから、自分が社会に必要がないかも??と、思ってしまう人が多くなっている。

自分らの年代の若い頃1960〜80年頃というのは、まだまだ社会のルールや雰囲気は秩序だった雰囲気はなく、混沌としたカオス状態であった。現在のように、誰が何をやってるか?とか、最近の人権問題やジェンダー問題に代表されるように、個人個人の行動が社会問題にされるような厳しい世の中ではなかったし、いまのように誰かから監視されてるようなSNSもなかった時代だ。

今は何を行動するにしても誰かからの目を気にしないと生きにくい、肩身の狭い世の中である。

いいかげんだった昔を言い得ている代表的な例は、誰もが道で、電車で、タバコを吸って、道端に投げ捨てても、それがあたり前だったことだ。映画館では大人はタバコを吸っていた。映写機から出る光がタバコの煙ではっきり白く見えたものだ。1970年代頃というのは今のように若い人が悩んで自殺したり苦しんだりするような雰囲気はなかった。よく言えば、犯罪を犯さなければ学校をエスケープしても隠れて酒飲んでも何をやっても許された時代だった。やってることはよくないことである。しかし空気を揺るがして生きている人たちの時代はとても自由であった。

しかし、今はどうだ?  SNSでスマートフォンで誰も彼も繋がって寂しくない代わりに皆監視し監視され、何も自由がない世の中に自分たちがしてしまっているのだ。

監視され、監視している若い彼らが感じているこの世界、世の中、社会は、非常に狭い。面積的に、空間的にも非常に狭い。彼らが存在していると感じるのは、スマートフォンのなかのラインというバーチャルの中だけの世界が彼らの世界なのだ!

だから、現実の世界で感染症が起こったら、ただキーを打つだけで実際に何も出来ないし生身の人間としてどうしたら良いかを判断できない、今まで生身で生きてないので、どうしたらいいかわからない、そして悩んで、精神バランスを崩すのは当たり前なのである。

こんな世の中は、進行中で誰も止められない。スマートフォンは子供に持たせてはいけなかったのだ。しかしもう遅い。彼れが本来の生身で生きることができる世界になるまで、そしてIT機器に飽きるまで、精神のアンバランスは何十年も、何百年も続くだろう。