東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

抜け殻ではない死

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30度越え・・・なのに、もう普通。

さすがに冷房を付けてる。

きのう、養老孟司氏のことを書いたら、NHKで養老孟司の番組があった。

鎌倉で猫飼ってたんだね。猫好きなんだ。

その年老いた猫が、亡くなるまでの日常を淡々と、綴っていた。

鎌倉の一軒家で、家具もファブリックも大変に良いセンスしている。

洋服もとても上品である。

これですごくだらしない感じだったら何も感じないのだが、

細部にわたってとても美意識が高いのでびっくりした。

木造の平家の庭付きで、自然大好き。

解剖などと言う仕事してるので、

人工物に囲まれてるような暮らしはしんどいのか。

老猫の「まる」が亡くなったときに仕事で出ていたので奥さんが看取った。

庭のお気に入りの場所に寝かせた。

「なんでポインセチアなんだ?」と、

猫の側に置かれた植物の意味を奥様に問うた。

「クリスマスまで頑張って、と思って置いたの」と。

解剖する肉体は魂の抜けた抜け殻だ。

死は、すべて他人のことだという。

死は、二人称で、一人称ではないと。

でも、抜け殻ではない愛猫の死はどんな感じだったのだろうか?