東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

これは心理学者でなくても自分でもわかる。これだけ感染後の心配をしたのだから感染しないと心配した意味がなくなるので、無意識にも人は感染する行為をしないと帳尻があわないという心理が働く。

政府(ガースー)があらたに入院のトリアージを発表。これから爆発的に増えるだろう感染者のため、ベッドの空きを確保するために軽症以上は基本自宅待機・・・とのこと。つまり、感染者を減らす対策がない、そしてあきらめ、病院のベッド数の確保してこの場をしのごう、ということ。

医者も看護師もベッドも数が限られているから、それ以上の患者は自宅かホテル待機という、つまり、「即入院はできません、諦めてください」ということ。

この状況は去年1度あった。いつ頃だったか忘れたが、救急が間に合わないとか、ベッド数が足りないとか、アパホテルやビジネスホテルを借り切って感染者を止まらせるとか、それの再来である。

この発表を聞いて別に驚かなかった。

しかし、デルタ株の脅威で、熱が出てもすぐに入院でいきない!一人暮らしで不安!と、不安になる人たちはたくさん出るだろう。

でも、もっと冷静に考えてみてほしい。

いま、なぜか感染した後の医療の対策だけに注目しているようだが、なんだか違う気がする。

一番に大切なことは、当たり前に

である。

会社でも家庭でもどこでも昔の100倍は神経質になって予防することが今こそ必要で、そのメッセージを伝えられないのがガースー政府。国民のせいじゃない。ガースーの無策と無力のせいで毎日感染者が増えてることをまず認めてから、今回の入院のための症状レベルの対策だったらわかるけれど、そこが抜けてて、いきなりベッドが埋まっちゃうので自宅でがんばってください。と責任転嫁と無責任さにはびっくりした。

でも、部屋で苦しんで死んだらどうしようとか、心配、不安、と言うけれど、

してからのこといまから心配するのはよくない。

先のことを考えて準備万端に!っていう日本人気質はわかるが、

こんかいの政府の入院レベルの変更は感染予防の策ではない

ただの数合わせの準備で、状況は何も変わらない。

感染してからのことを心配しすぎることが、とても無駄だと思う。なぜか?それは、今、心配しなければいけないのは感染後のことではなく、感染前、のことである。

要は、入院したらー?とか重症になったらー?とかを気にするまえに、感染しないようにするのが先で、感染したら医療逼迫で治療受けられず死んじゃうかも?!などと感染後の心配は無意味である。

感染後の準備を万端にしてしまうと、これで感染しても大丈夫かな?と脳が判断して、感染予防が緩くなる、絶対。

これは心理学者でない自分でもわかる。これだけ感染後の心配をしたのだから感染しないと心配した意味がなくなる、と、無意識にも人は感染する行為をしないと帳尻があわないという心理が働く。

これが危険な心理だ。ます初心に戻って感染の予防を徹底することが今、一番大切である。新型コロナウィルスは「エボラ出血熱」だと思って予防するべし!感染症の強さのデータが違うようだがコロナの肺炎で窒息するのとエボラで内臓が溶けて目や鼻や耳から出血するのと同等の恐怖だと思ったほうがいい。

<単純にできる予防(手の消毒は当たり前)>

人との接触を8割以上極力避ける。

1、2分以上はけっして誰にも近づかず。

外ではマスクを絶対に外さず不織布2枚重ね。

会社の会議でもマスク外さずできたらテレワーク。

ビニールの包装、段ボール、商材の容器など全て消毒。

買い物もネットで配達。

人とは絶対にお茶も食事もしない。外食しない。

オリンピック会場などに行かない。

帰省しない。銀行のボタンや金属部は手で触らず。

・・・こんな簡単なことが予防になるコロナウィルスはバカなウィルス。

たいたい聞いてると感染した人は、誰かと食事したとか会議でマスクなしで長時間行ったとか沖縄に旅行しただの田舎に帰省しただのオリンピック会場を見に行っただの、そんな当たり前のリスクある行為ばっかりで、慎重に予防してる人は感染していない。

つまり、まだ感染していない人は、今回の政府のトリアージとも言える入院レベルの振り分けのニュースな心配しないで、感染しないことに徹すればいいので、実は簡単なことである。