東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

孤独は自分を成長させて次の人生でもっと良い自分にしてくれる。若くても孤独が一番楽しいことに気づく者が次の時代にたくさん生まれてくることを祈りたい。

誰だったか、お釈迦様だったか?美輪明宏だったか、忘れたが、孤独というのは寂しいと同義語に思われるが決してそうじゃなく、

こどく=ひとり=つるまない。ということです。

何をするにも誰かと一緒じゃないと嫌!とうのは女子高生の特権のように思われるが、教室の隅でひとり居る女子高生だって居る。一人でご飯を食べられない学生、寂しいやつと思われたくなくて誰かと連む者、けっきょく潔さと勇気がないために、本当は一人が楽なのに連んでしまう・・・そういう連中も多々居る。

連むのは何も実生活の中だけではない。いま、SNSで常に連絡し合うこと。

これが現代版の連み、である。

バーチャルになっても、さらに連むやつら。もう救われません。

いつになったた自立するのでしょうか?

 

人の意見に左右されずに自分の頭で考え行動し実行し、または反省し、そうすることで人として成長してゆく。ごく、あたりまえのこと。こういうことを学校の先生も親も教えない。実は「孤独」でいることの重要さは自分で気づくことです。その気づく自分というのは何回も転生した人でなければ、なかなか気づけません。

こういう話をするといつも思うのは「転生」の回数である。

人は死んでまた生まれ変わる。それが転生で、現生で達成できなかったことを次の生で償い、それでもダメなら次の生で償い、ついには転生することが終わる時が来る。

転生が少ない人はとても幼く、わがままで自分勝手で、時には犯罪をおかしたり、つまり精神が未発達のままで生まれ生きる。彼らは未熟なため、ひとりで居ることができず連むる。転生が少ないと精神的にまだ発達していない。「連む」には人を支配して下僕にしたりということも含まれる。つまり人と常に関係する状態を作っている人のことである。

人生は修行だ。と、仏教徒のようなことを言うが、人生は自分自身が楽しむためにある。でも、ただ楽しむというのでは快楽主義で良くないけれど、例えばウェイトトレーニングと同じで、重たいモノをなんでわざわざ持ち上げないといけないんだ?!という理由は、筋肉をつけて健康になるためで見た目を良くするためでもある。でもトレーニングは辛いし苦しいしなかなか続けるの大変だ。それと同じで、

楽しいことと修行は同義語で、人といることよりもひとりで考えひとりで解決し、連まないで孤独に自分自身を生きること、苦しいけど身になりそれが楽しみにかわってゆくことが人生の目的。孤独でいないと次の人生でまた同じことを繰り返す。

孤独は楽しく自分が鍛えられるので次の転生ではもっと良い自分で生きることになり良いことづくめである。人のためじゃなく同じ自分としてずーっと生きるのだから。

コロナウィルスの流行下では、最大の感染リスクは人との接触。つまり、連むこと。連むことでほとんどが感染し拡大してゆく。

ニュースでは、ほとんどの感染者たちは、外食で友達と遊んだ、とか、予約してたので、とか、すべてが人と出歩く、食事する、会話する、遊ぶ、連んで連んで感染し広げる。これは、孤独ができない人たち。リスクはあると思っていてもひとりで過ごせないので連む。感染者が増えるのは政府の言葉に信頼もなし熱い言葉もないことが全ての原因だが、もうひとつ、転生が少ないために孤独になれないから連む。連むから感染が広がる。という連鎖である。

4、50代の感染が増えている理由に、遊びたがり世代だとか重症化しないからとか、それだけじゃなく、孤独になれない、という理由がある。感染が広がる以前から自分ひとりで楽しめる人、だったらこれほど感染は広がらなかっただろう。

たぶん商業的にも「ひとり」を重要視した商売が少なく、注目度が低いことで、さらに連む者たちを増やす原因になる。ひとりを、孤独を、クローズアップさせた環境が好まれる世界になったら、こんな感染症など広がらずに、もっと楽に生きられる世界になるはずだ。若くても孤独が一番楽しいことに気づく者が次の時代にたくさん生まれてくることを祈りたい。