おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

76年前 終戦の詔勅(しゅうせんのしょうちょく)・玉音放送

8月15日は終戦の日です。

1945年、昭和20年。いまから76年前。昼、正午。現在のNHKラジオ第一放送から、昭和天皇の生の声で一般市民へ向けて放送(玉音放送)され、敗戦=無条件降伏が国民へ知らされた。それよりあと、国際法上、日本が戦争を終結したのは1952年、昭和27年である。

76年前、当時成人だった人たちで今生きている人は少なくなってしまった。八〇、九十歳の方がいなくなったら、戦争の残酷さは別世界の話になってしまう。

そして、10代、20代、30代、40代。50代だと、親の年齢は70代、戦後生まれである。この年代たちは彼らの爺さん、婆さんから戦争について聞いただろう。しかし、爺さん、婆さんじゃなく親から聞かないとお伽話のように遠い話になる。

今20〜40代の現代人はたぶん歴史問題よりも東大生クイズ問題に夢中だろうし、リアルな戦争ゲームや映画を楽しむ世代が日本の将来を決める立場を担ったら、過去の間違えと同じことが起こる気がして恐ろしい。

天皇と戦争につては、非常に微妙な問題なのでここには書くことはしない。敗戦を知らせるため昭和天皇の詔勅をラジオから流した終戦の詔勅の現代文を載せて、あらためて内容を考えてみようと思う。

国民にとって当時、神であった天皇がラジオで国民へ初めて直接語ったことでどれだけ当時の国民が驚いただろうか。

現代文になって初めてわかった人間昭和天皇の心情というものが伝わる。そして、もし当時、その場に生きていて、モノラルのラジオから流れる玉音放送の内容が理解できて聞いたとしたら・・・

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終戦の詔勅(しゅうせんのしょうちょく)・玉音放送

 私は、深く世界の情勢と日本の現状について考え、非常の措置によって今の局面を収拾しようと思い、ここに忠義で善良なあなた方国民に伝える。

 私は、日本国政府に、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させた。

 そもそも、日本国民の平穏無事を確保し、すべての国々の繁栄の喜びを分かち合うことは、歴代天皇が大切にしてきた教えであり、私が常々心中強く抱き続けているものである。先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない。

 しかしながら、交戦状態もすでに4年を経過し、我が陸海将兵の勇敢な戦い、我が全官僚たちの懸命な働き、我が1億国民の身を捧げての尽力も、それぞれ最善を尽くしてくれたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我が国に有利とは言えない。それどころか、敵国は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使い、むやみに罪のない人々を殺傷し、その悲惨な被害が及ぶ範囲はまったく計り知れないまでに至っている。

 それなのになお戦争を継続すれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、さらには人類の文明をも破滅させるに違いない。そのようなことになれば、私はいかなる手段で我が子とも言える国民を守り、歴代天皇の御霊(みたま)にわびることができようか。これこそが私が日本政府に共同宣言を受諾させるに至った理由である。

 私は日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。日本国民であって戦場で没し、職責のために亡くなり、戦災で命を失った人々とその遺族に思いをはせれば、我が身が引き裂かれる思いである。さらに、戦傷を負い、戦禍をこうむり、職業や財産を失った人々の生活の再建については、私は深く心を痛めている。