東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

魔百合の恐怖報告によく出てくる”買わされた”もの

ネットのバーチャルな文章に、ちょっとしたリアルなお店の人との会話に、スイッチを付けたばかりで飛び込んできたテレビの会話に、本屋で見つけた帯の文章に、ふと見た景色の一部に、、、

どこか遠い場所から、今の自分に必要なもの、そういうヒントをそおっと教えてくれてることを、なんとなく知っている。 でも、そう言うヒントが隠されていることを気がつかないで毎日すぎて行ってるのも、その通りである。

つまり偶然はない。

気が付かないだけで、全ての出来事は偶然ではないと、思う。

ちょっと気になっていた体調のことであるサイトを開いて、その文章を読んだら、今、困っていることの答えになるような文章が載っていた。

誰かが「ほら、これを読んでみろ」と、教えてくれている。

「温かい飲み物を飲んだほうがいいよ」

「なるべく思いっきり体を動かしたほうがいいよ」

そんな文章が書いてあった。

そう言う答えが欲しかった。

そう言うこと、誰もが経験しているでしょう?! 

シンクロニシティーというそうですよ。

竹内まりやの曲にもありますが、「偶然の一致」という意味ですが、

毎日の暮らしの中で、

生きていくのに助けになるヒントがたくさんシンクロしている。

ただし、それが正しいか間違っているかの判断が、すごく難しい。

「あぁ、あの時、あっちにすればよかった・・」と、後悔したり。

でも、その後悔も実は、正しい判断かもしれない。

f:id:bearpond:20211006124404j:plain

実在の霊能者の友人を題材とした「魔百合の恐怖報告」という山本まゆり先生の漫画が大好きなのだが、その実話の漫画によく描かれていることで気になるのは、

たとえば、ある物件を買った事業をしている父親に不幸が連発。買った家も、場所も、妻に病気が発生。実は悪い霊に買わされていた・・・ということだ。その父親は「お、この物件は買いだな!」と直感で良いヒントだと思ったのだろうが、実はそうではなかったのだ。、また、ネット販売でインド骨董のナイフのようなものを買わされた男性、海岸で仏具のような破片を気に入ってひろわされた人、

良い買い物、良い拾い物も有るのだろうがほとんどが悪いものたちばかりで、「悪いもの」に悪い方向へ導かれていた・・・・

こういう状況が多々その漫画に登場する。

だからといって、この場合も偶然ではない、のだが、それが良いものなのか悪いものなのかを知ることがすごく大事なことである。でも、実際はわからないのだろう。

良い方向へ導いてくれるヒントをもらうには、

きちんと墓参りしたほうがいいのだろうか?

先祖を大事にしないといけないのだろうか?

日々の生活を清いものにしなければいけないのだろうか?