東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

墓の発掘はやってはいけない行為

このブログで何度も書いていることだが、考古学の種類にもいろいろあるが、エジプトの考古学者がやってること=エジプト政府の観光資源であるファラオの墓や遺跡を発掘することが正しいのか?

それらは歴史的価値のあることなのだろうか?

遺跡や建造物に関して発掘することは地球の歴史の一片がわかっていいことかもしれない。でも、「墓」は問題がある。

でも、墓に関して、誰も問題があるとは思っていない様子だ。

ツタンカーメンの発掘の経緯を描いた山岸涼子先生の漫画を何度も読んだ。大好きな山岸先生は兄弟そろって霊感のある人。

描く漫画には何かから書かされている様な、そんなところもあるそうな。。

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その山岸先生の漫画「ツタンカーメン」で知る発掘の歴史。1922年にイギリス人のハワード・カーターが、彼のパトロンであるカーナーヴォン卿による資金援助で行われた発掘でツタンカーメンの墓を発掘したのだが、漫画によるフィクションかはわからないが、墓の主ツタンカーメンが幻覚でハワード・カーターだけに発掘を許してくれた、というストーリーになっている。

なぜなら事実、ハワード・カーター以外の者は発掘の後に、ほとんどの関係者が不慮の死を遂げているのである。なぜかはいまだにわかっていない。

その死は、墓の中の細菌に感染したため、と言われているが、ではなぜハワードは感染しなかったのか説明がつかない。

漫画にはフィクションと事実が混在してるが、現代、テレビでエジプトと生中継(録画中継)で発掘する番組があるので驚いた。

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エジプトで考古学のファラオと皆に恐れられている老考古学者ザヒ博士が、なぜか日本のテレビに最近、よく出てくる。これは多分に資金不足でのことだとしか思えない。近年、いままで腫れ物を触る様にひたすら遺跡には近づけない様にしていたのが、いとも簡単に撮影を許している。

もともと、エジプト、異国、ピラミッド、謎・・・これらはミステリアスで魅力あるのはわかるが、まさか暴かれることなど想定していない古代人の「墓」を発掘する、という行為はいいことだろうか?

生中継で、多くの棺が並べられて、どれを開けるか選んで、棺を開けてミイラを見せる番組。選んだ棺からは朽ちて茶色く変色しし乾いたミイラが現れる、

 ”これはひどい!歴史的価値でも何でもない、ただの墓暴きで楽しんでいるしかない!”

と 、即チャンネルを回した。

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ミイラ=死体にはもう魂(霊)は宿っていないのだろうか?ただの朽ちた物体となっているだけだろうか?まさか何千年も経ってから発掘されてテレビで晒し者になるなどとは、思っていなかっただろう。それを思うと、やってはいけない行為、であるのではないか?

高価な棺に埋葬された人は権力や金持ちで平民ではない。だから後に盗掘されたミイラが多数、捨てられている場所もあると記憶している。エジプト人の盗掘はミイラ=死体の尊厳より搾取され続けた者への死後の「平民の当たり前の仕返し」の様な気がする。

日本の場合に照らし合わせてみると、地方はまだ土葬があるところもあるだろうが、ほとんどは火葬だから骨しか残っていないが、墓や仏壇などの中に魂(霊)が居るのではなく、墓や仏壇が窓口になって霊が現れると言う。ドラえもんのどこでもドア」の機能が、まさに墓や仏壇と同じことである。

エジプトの場合、窓口はどこになるだろうか? 棺の主の思いがあった場所か、棺が埋まっていた場所だと思う。でも可能性としては棺自体が窓口になってもおかしくはない。棺の主が転生していても霊の世界には時間は存在しないので、棺の時代の魂が棺を窓口として出てくる可能性はある。

番組でお笑い芸人たちが面白おかしくクイズ形式で棺を開けて驚いたり、尊厳も何もなくただ棺の蓋を開けて朽ちた死体をあらわにしていること、これは棺の主を笑い物にしているのと同じである。ただ、強い恨みや思いを抱いて死んだのでなければ、その棺やミイラ自体には何も悪いものは存在しないのかもしれない。

ハワード・カーターにだけ許された(漫画では)発掘、しかし、現代、見せ物にされた棺の主は、番組制作者やスタッフに、いつ、どこで、どんな制裁を与えるのだろうか?それとも、ミイラはただの物質で、何も起こらないのだろうか?

古代のミイラだから倫理観というものを感じないのかもしれないが、とにかく墓を発掘するという行為にたいして、皆、麻痺している。