東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

子供を産んで育てられるくらいの経済力がある人に10万円を配る理由がどうしてもわからない

コロナのせいで初めて路上生活者になったり、居酒屋のバイトがなくなって困った学生や稼ぎが苦しい人はたくさんいる。それとは別に、以前から、東京の下町の方へ行くと、さすがに若い人は見かけないが、70代ぐらいの路上生活者や、日雇いの人をたくさん見かける。

大阪のとある地域には、日雇いの労働者や、その日暮らしの人が多く住む地域がある。東京にも「山谷」には、昔、その日暮らしの人がたくさんいた。いまは、変なことにオシャレな安いホテルが立ち並んでいるが。

コロナ感染が流行る前から、その日の生活がギリギリの日雇い労働者や、親類縁者もなく家もない人は普通にたくさんいる。でも、以前からそういう状況で暮らしている人と、コロナのせいで、普通の暮らしから初めてピンチになってしまった、という人とは、全然違う。

元から「その日暮らし」か「路上の人」は、とくにコロナだからと言って以前からの生活の不安定さには変わりがない。日雇いの仕事がコロナのせいで無くなって収入は減ったせいで、食事はボランティアの配る食料だったり、そういうことは変な話、コロナのせいというよりも地震や災害の時と同じで慣れている。いまさら始まったことではないからと。

しかし、初めてコロナでピンチになった普通の人や、バイトがなくなって収入のない学生などは、もともと、苦しい生活に慣れていない。だから、もし今回援助するならば、まず最初に彼らのように苦境の生活に慣れていない「生活困窮初心者」だろう。

そもそも、子供がいる家庭に配るという案がおかしい。

子供がいるというのは、それなりに収入の当てがあって、ギリギリでも家計をやりくりして子供を産もう!と決めて、育てているはずである。だから、それなりの経済力を想定して産んだはずである。コロナのせいで家計が苦しくなったとしても、子供には楽な暮らしを!とか、そういうのは個人の問題でやりくりすればいいことで(なぜなら、個人の嗜好で子供を産んで育ててるのだから。子供は国の宝というので子供優先という考えは、個人的な思想。国のテーマではなく多く人にそれは関係ない。)

子供を産んで育てられるくらいの経済力がある人に10万円を配る理由がどうしてもわからない

政治はむしろ、子供も欲しい、結婚もしたい、、、が、経済力がない、そしてコロナのせいで仕事がなくなった、、、気力があるとか頑張ってるとか頑張ってないとか関係なく仕事にありつけない、という人を援助する方法を考えるべきである。

そのあとに路上生活者や日雇い労働者を援助するべきである。彼らは自己責任で困窮しているのだ。。。という上から目線の考えは金持ちの論理である。子供のいる家庭に援助する意味も必要もなし!

しかし、そもそも、現金給付(ベーシックインカム)をするなら、全国民を対象にしないと理屈が通らない。

岸田総理と公明党がやろうとしている10万円支給は、大阪の吉村知事が言うように「幼稚な愚策」で、先日の衆議院選挙の時の人気取りのための公約だと、国民の誰もがわかっている。やはり、この国の政治家は精神年齢が低い。鎖国だけは良かったが。