東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

「恐れ」は格が高い

(;´ρ`)イマオキタヨ

 

「正しく恐れる」と初めて聞いた時、

ふ〜ん、なるほどね・・・と思ったわけだが、

この言葉を修正した方がいいのではないか?と思った。

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画像は恐山 賽(さい)の河原 石を積んで願う。「恐山」と言うが「怖い山」とは言わない。

そもそも「恐れ」というのは、ただの怖がりとは違って格が高いもの。

「恐れ」はもともと、神への敬意 から生まれたのじゃないか?と思う。

日本には八十万の神(やそよろずのかみ)というのがあって、たくさんの種類の神を祀ってきた歴史がある。今は道路拡張や住宅などで隅っこに押しやられてしまったが、どこの街でも小さなお稲荷さん、祠(ほこら)、道祖神、お地蔵さんなどがあるでしょう。それらは絶対に壊さないで避けて建物を作られる。

それこそが神を恐れている日本人の習わしが続いている証拠です。

神は祟る(祟る)もの。仏はそれを救うもの。

恐れるから祀る(まつる)

と言ったのは漫画家・山岸涼子先生著「日出処の天子」聖徳太子の漫画の中です。

 

「怖い」はビクビクした感情で神聖なものじゃない。

崇高な感情=恐れ は、コロナなどに敬意を示すことはないので「恐れる」のではなく「怖がる」でいいんじゃないのでしょうか?(理屈っぽいけど)

でも怖がるっていうと根性がないような、ビビリのような、お化け屋敷に入ったようなそんな人に思われそうなので「恐れる」にしたんだろう。

だから「正しく恐れる」のではなく「正しく怖がる」に修正してほしい。