おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

モテそうな流行りの男

木村拓哉は嫌いでも好きでもなく、どっちでもないのだけど、彼に限らずジャニーズ出身が役者をやってるのを観るとリアリティーがないし無理だと思う。ジャニーズが好きな女はリアリティーなんて最初から求めてなくって、ただただ木村拓哉を見たいだけだ。それプラスドラマがあればいいというだけ。

年をとってもうアイドルなんておかしいし歌も踊りも上手じゃないので役者の勉強もしていると思うが、木村拓哉に限らないがジャニーズ出身の者がやらされる役柄の設定がただ「モテそうな流行りの男」だけなのである。

人生の喜怒哀楽、どこにでもあるいざこざ、架空の設定のドラマの中でも、ただ「モテそうな流行りの男」が苦しんだり貧乏だったりするだけ。韓国ドラマや映画にも表通する。

前にも書いたがイメージとして、例えば木村拓哉が出るドラマや映画は、

「木村拓哉の〇〇の〇〇」

というように、タイトルに彼の名前が最初に入るイメージである。バラエティー番組というのは司会や人気者の名前を使って興味をそそる手法。それと同じで、

「ビートたけしの〇〇」

「さんまの〇〇」

「有吉の〇〇」

といった具合に、つまりシリアスなドラマや映画でも、その内容、ストーリーや社会問題などではなく主役のファン向けを前提にしたものである。だから木村拓他のドラマや映画も全て

「木村拓哉の〇〇の〇〇」

というものになる。

批判しているのではなく、あぁ、これが日本のメジャーな芸能なんだな、と思うと、情けなくなるのである。

無名の役者の映画、ドラマは、興行的に難しいのはわかる。しかし、ジャニーズを使ったドラマや映画はキャーキャー言われていたアイドル出身でその時代を払拭しきれない、もともと役者ではないテレビタレントの限界である。真剣に役者を目指した人たちと比べたら学芸会である。

そんなジャニーズでもこれだけは脚本の勝利だと思うのがある。それは

家政夫のミタゾノ

である!

芸能界で事務所力の強いジャニーズと吉本。どこのチャンネルを回しても誰かしらが居る。ドラマも本物の役者に混じって挿入。刑事だったり弁護士だったり。かなり失笑。

でもこの「家政夫のミタゾノ」は、これぞジャニーズの薄っぺらさを逆手に取ったリアリティーだ!と思った。このくだらなさがジャニーズなのであある。

このドラマの主役は松岡、ジャニーズという背景があるからこのドラマのくだらない意味がある。逆にこの主役が劇団の俳優だったらリアルになりすぎて面白くない。下手な歌を歌ってキャーキャー言われていたジャニーズがやる女装の家政婦パロディーだから真剣な学芸会を見ているようで面白いのである。

彼らがシリアスに弁護士や検事や刑事やSPをボクサーと演じるとき、たぶん思ってるだろうことは「ほらね、チャラいジャニーズだけど弁護士だって刑事だってできちゃうんぜ!」と。