東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

言葉は心の反映

QVCの元女優のブランド、その女性がどーして自慢ばかりして商品の素材や細部の説明など全くしないで、本当は高いのだの私が最初に作っただのと、自慢の喋りに辟易していたが、なんで気分が悪くなるのか?ずーっと考えていた。自分の会社の上司と同じような性格だし年齢も性別も同じだし、こう言った人格の人は何か同じ原因があるのではないか?と、ずーっと考えていた(暇だね)。でも不思議でしょうがなかった。いい年をしてそれなりに人生経験もあるだろうし、それなのに尊敬できるような感じはしないし、なぜ周りは異常に褒めまくるのだろうか?なぜ自分は不快なのだろうか?

で、今日、やっとわかったのだ。

自画自賛の自慢は見ていて気持ちのいいものではない、偉そうにするのもよくない。でも、それよりも彼女の「喋り方」が不快だったのだ。この元女優の喋り方の特徴は、不満でイライラしたように愚痴っぽく怒ったように喋る。という特徴が今日やっとわかったのだ。

人の喋っているのを聞く場合、同じ言葉でも不満げに喋るのを聞くととても不愉快である。それはその人の根底にいつも愚痴と不満があるからそう言う喋り方になるのだ。でも、明るく不満もなく軽快な心理であったなら、同じ言葉でも聞いていて不快にはならないし自慢も意地の悪いものには聞こえない。この違いはかなり大きい。

やっとわかったのだ。詐欺師の政治家のようにひどい内容じゃないのにとても不快なのは愚痴っぽく不満っぽい喋り方だったからだ。

演技というものを考えたらよくわかる。同じセリフでも意地悪そうに言うのと楽しそうに言うのではまるでちがったものになる。

喋り方、といっても心の叫びが言葉になって出てくるのだから、言葉は心の反映なのだ。同じ言葉でも心の状態の違いによって表現されるものは180度変わる。

良い人だと言われている人でも、愚痴と不満の心が言葉になって現れてしまうことで人を不快にすることはある。だれだって愚痴っぽい不満げに喋るのを聞いていたくないでしょう? それが気にならない人はそう言う仲間と連んで誰も注意しないだろうし。

個人を責めているのではなく、こう言う人は実際に周りいたくさんいる。その心理が、今日やっとわかった。