東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

お金があったら、ボーダーは買わない?それでも買う?もしボーダーの服がトップスが9800円だったら・・・柄と価格の相対性が狂っていることになる。

おはようございます(ゝω・)

 

台風大丈夫かなぁ?

とくに九州地方。

2日間の辛抱だな、通り過ぎるまで。

 

13日放送のスタイル・ラヴィー復帰第2段で、ニットのボーダー推してます。

ほんと好きなんだなぁ、ボーダー。

このニットが3500円というのはすごい安いけど、ボーダーだから安くしている、ボーダーだから安くないと価値がない、、ということだと思う。

もしボーダーのトップスが9800円だったら・・・柄と価格の相対性が狂っていることになる。

でもボーダー着てる人(部屋着じゃなくて)街にいるかぁ???

あまり見ないんだけどなぁ・・・

電車にあまり乗らないから見ないのか?

 

今回スタイル・ラヴィーでは、このボーダーニットが売れてるのは安いから?ってだけじゃないのか・・・?

介護の母親に着せたとか若々しくえるとか購入者のコメントであったそうだが、80過ぎのオバァちゃんがボーダー着てたら若々しい、と素直に思う。つまり、そういう訳ありの特殊な場面で着る服だと思う。オシャレなレストランへ行くときにわざわざボーダーを選ばないよね?? 介護の時に汚れても良い服としてのボーダー。なぜなら無地だと汚れが目立つから。たとえば花柄の服って色を選ぶの難しいし、ボーダーのように2色の花柄の服って売ってない。つまり、無地だとつまらないので2色使ってるボーダーのほうが価値があるから買った、ということだけだ。

そして小学生がボーダーきてたら、漫画のように小学生の鏡!と思う。

ボーダーっていうのは数学的な直線のデザインで感情のない図。その図形は有機物がもつファジーな感情は一切ない。例えば、花柄の服はそれだけで花の有機的ラインから優しさや華やかさや可愛さクラッシックな感じがある。しかし直線のみのボーダー図形にはそう言った感情的なものは一切なく、すべての温度、年輪、歴史、痛み、愛、憎しみ、というような感情を消し去った無機質=無感情な図形である。だからオバァちゃんが着ると年齢との相対性で、

オバァちゃん   x    無感情(ボーダー)  =  若々しい

となる。

小学生が着ると

ガキ   x    無感情(ボーダー)  =  元気

となる。

”とりあえず ボーダー”

って、

”とりあえず生ビール!”

と、同じだと思わない?

おしゃれでもないし金もないから、とりあえずボーダーをユニクロで買えば良いか・・・そんな大学生がボーダーきてたら、

”あぁ、お金ないんだなぁ、、”って思う。

でも、

学生より主婦のほうがオシャレに使う金はあると思うので、オシャレな主婦はボーダーは買わないだろうと思っている。でも、もしお金がない主婦で服を新調したいというのだったら、好きではないが、

”とりあえず ボーダー” 着ればさまになるだろう・・

と考えるだろう。

しかし、とにかくボーダー柄が好きという人・・・自分にはまったくわからないがファッション関係でも、そういう人はたくさんいる。そういう人は自分が考えているようなことは一切考えてないわけだから、その感覚の差はすごく大きい。

もし大好きで親しい友人が待ち合わせでボーダーを着てきたら、いや、服で人を判断するなんていけないことだ。しかし、他人は適当に批判できるがもし親しい人がボーダーを着てたら・・・

まぁ、そこまで真剣に悩むことじゃないか・・