東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

最強のダサいアイテム:ボーダーとパーカーとダウンベスト。先日2回の放送があったスタイル・ラヴィーについて

先日2回の放送があったスタイル・ラヴィー。

1年半ぶりに復活。

彼女のトークは関西のノリで楽しい。

今回の放送で彼女が「皆さんが買いやすい価格で・・」とおっしゃっていました。「介護をしている母親に着せたら喜んでいた」という購入者の評価に感動していた。

そういうコンセプトの服はあると思う。でも、彼女の服がそういう服で良いのだろうか? そっち方面のコンセプトでこれから行くのなら、それはそれで良いと思うけど、それならもっとそっち方面のデザインで極めても良いかもしれないと思った。だから今のデザインは中途半端だ。

そんな彼女のデザインの主軸は、ボーダーとパーカーとダウンベスト

ボーダーとパーカーとダウンベストがこよなく好きだそうで。

昔はもっと斬新なデザインでオリジナリティあるデザインの服をつくっていた。デザイナーでしかできない服を。しかし、今回からファッションデザインではなく[普段着]というユニクロと同じ路線の服になってしまった。

多少のデザイン処理はあるものの、このブランドでしかないアイコンもないし、縫製やカラーや細部の作りの指示はちゃんとあるものの、ファッションは情熱的で斬新で気持ちに響くものがなければいけない。なぜならファッションは楽しむものだから。

そうじゃない服は裸じゃダメなので着るための[普段着]というジャンル。そんな服なら安いほど良いしノンブランドで良いしスーパーの衣料品売り場にたくさん並んでいるし作ったデザイナーの顔は知らなくていい服たちだ。

  • 誰にも意地悪されない服
  • 可もなく不可もない服
  • ママ友にもいじめられない服
  • 年収がわからない服
  • ユニクロ
  • 無印
  • 学生の普段着
  • 金のない人の服(補足:ケチな人の服)
  • ・・・

ボーダーとパーカーとダウンベストはこんなイメージ。

思うに、あれだけ斬新で勢いのあったデザインのスタイル・ラヴィーだが、この2回の放送でとても残念だと思うのは、わざわざテレビでボーダーとパーカーとダウンベストを売る必要あるのか?学生も子供も着ているどこにも売っているパーカーにあらたにデザインする意味あるのか?ということ。トレンドでパーカーが来てる!といってもそれに迎合することが恥ずかしい。

カジュアルにコーデしたいというとなぜボーダーとパーカーとダウンベストになるのか?ユニクロやGUでは買いたくない、でもボーダーとパーカーとダウンベストが欲しいい。。。という人向けにスタイル・ラヴィーはつくったのか?

今回、1年半ぶりの登場でセールでもないのにダウンベストを3980円という価格で販売したが(ボーダータートルネックは3500円)。着丈も長くして社長と私がオーバーした分を被った。。。と言っていたが、そこまでする必要はないのではないか? これは失敗だと思う。ブランドの価値を下げてしまった。アイテムもダウンベストというトレンドに逆行しているアイテムを出すとは。つまりダウンベストとは冬に向けての便利商品であって、ファッション第一の服ではないからだ。

企業努力はユーザーには嬉しいものだが、ファッションを楽しみたい人にとって「魅力ある服に出してもいい金額」というものがある。しかしそれがセールでもないのに3500円という破格の価格で売られると、買った人の意識の中でブランドの価値が下がるのだ。「そんな価格の努力はしなくて良いからステキな服を作ってください!」というファンの方が多いのではないだろうか?じゃなかったら、介護のための服、病気療養中でもオシャレしたい人の服、または堂々とは言えないがケチで1円でも安い服を買いたい人の服、というコンセプトを示さないとおかしなことになるのではないだろうか? なぜならこの価格で似たようなデザインで、機能だけ欲しかったらいくらでもユニクロにもGUにも売っているのだから。

と、毒舌ですいませんが、10代まではいいけど20代以上にボーダーとパーカーとダウンベストは着てほしくないのです。自論ではステキな人には見えない。着てる本人が気持ちよければいいの・・・というのもわからなくはない。目立ちたくないけどオシャレしている感じが欲しい、ということだものね。