ろくろく人生レポート

東京おとこひとり 改め:66才からの人生探求レポート

家畜の肉、豚肉というものを突っ込んで考えてみては?

エドガー・ケイシーの療法はなかなか理にかなっている、と、思う。ケイシーは敬虔(けいけん)なるキリスト教者だったわけだが、彼の病の療法のメッセージはキリスト教の教えではなく、神のお告げなどといった胡散臭いものでも、一切ない。

彼がチャネリングという方法で喋っているのは、アカシックレコードという宇宙の彼方にある過去・現在・未来の情報が詰まった置き場。。。から、引っ張り出しているということだが、アカシックレコードの存在はまだ、はっきりわからない。

だから、思うに、古代の知識を持った霊魂がその当時に経験して得た正しい医療、傷の治し方、そういった古いアナログな方法、現代のようにデジタルではない民間療法を、彼の口を使って教えてくれている、ということだと思う。

だからとても人に優しい療法だ。

むしろ彼の療法は東洋医学に近い。「ひまし油」を使った温熱パックやブランデーの蒸気を吸い込んで肺を丈夫にするとか、これはどこの医者も誰も考えつかない方法であって、ケイシーしか考えもつかない方法であることが、メッセージの信憑性を増す。

 

ちょっと長くなったが、そんなメッセージの中で、いつもふと浮かんでくるメッセージがある。これはちょっと怖い感じの内容なので、人に言うと引かれると思う。だから頭の中の引き出しにでも入れておけば良いと思う。以下。

  • 牛肉、豚肉、は食べるのはやめなさい。
  • 豚肉はとくに食べてはいけない
  • そしてできたら鶏肉もやめなさい。

しかし、なぜか ラム肉はいい。と言っている。なぜか食べるなとは言っていない。

そして詳しくは探せば書物があると思うが、食べてはいけないという理由である。理由の一つに、豚の油、牛の油は人の体温より融点が高く(高い温度で溶ける)、体の外に排出されにくく、体の中に残りやすく人体にとって良くない。

そういう科学的なことを言っている反面、今回言いたかったのは、、、

家畜である「豚」はとくに、屠殺される時の恐怖感が死してもずーっと残る。

つまり死んだら終わり、ではなくて豚は屠殺の瞬間の恐怖がとてつもなく大きいという。

豚の死の瞬間のことを考えたことがある人、いままでいますか???

なぜそんなことがわかるのか?豚の気持ちがわかるのか?これこそチャネリングの意味があると思う。つまり、古代に(現代でも)生き物と精神を通ずる人がいた。喋れるとかじゃなく、動物と気持ちがわかる感覚が伝わる、と言う技能がある人がいたと思う。その人が経験から、豚が屠殺される時に恐怖が残存する。。。ということをケイシーの言葉で伝えたのだと思う。じゃなかったら、だれも家畜の気持ちを真剣に考えないだろう。

その恐怖感が目には見えないが豚の体内、肉、などに影響している、と言う。

牛より豚がその恐怖の残像というのか、その値が高いと言う。

これは、絶対人に言ったら引かれるので、言わないように。

これはとっぴょうしもない怖がらせるだけの発想ではないと思う。なぜか、とても納得できる気がする。人も豚も同じだと思う。屠殺のために生きてるわけではないのだから。

「家畜だから当たり前に食えばいいの!」というのは違う。

「飼育業の商売ができなくなるので人のためにはいいのだ!」とかも違う。

お母さんが子供に「豚さんに感謝してネ!」・・・なーんていうよね? それって豚もまさか人に食われるために生きてるとは思ってないわけで。だからいくら殺されてから感謝されても、何に意味もないと思う。ちょっと屁理屈っぽいが。

 

まとめると、

豚はとくに屠殺のときの恐怖が残存し肉にそれが残る。

しかし、目に見えることじゃないから人が食べても何も感じないわけだが、そう言った負の感情の詰まった肉を食うことの怖さ。

人のためにもならないし体に良い影響が出るわけがない。

・・という、ケイシーのメッセージを時々おもいだす。

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