ろくろく人生レポート

66才からの人生探求レポート

ちょっと頭が良いだけではできないことなんだ

7月は東京都知事選に、最近ではトランプ狙撃未遂など、大きな出来事がありました。高齢者たちはテレビしか観ないので、日本の政治を良くするのにはほとんど使いもんにならないどころか、マスコミに洗脳されて利用されて、どーしようもない都政4年間が始まってしまいました。洗脳というのは本当に恐ろしい。自分の考えがなくなってしまうのだから。だから簡単に詐欺にあう。自分で本当のことを調べたり今の世の中に疑問に思ったりしないから、マスコミで流れる情報をそのまま信じてるから、役所からの還付金が来るだの、子育て支援だどーだのと、詐欺師がそれを利用して考える作戦にまんまと引っかかる。

話変わって、ネットや本などでやたらむずかしい言葉を使う人がいます。本屋に行ってタイトルで興味を持っても広げたらチンプンカンプンで、ガンバってゆっくり解読していけばわかるけれど、頭に入ってこない(とくに自分はアホじゃないけど)。それにしてもなんでこんな難しい言葉を使う必要があるんだろうか?と、いつもネットや本を読むとすごく疑問に思う。小学生でもわかる言葉で言ったっていいじゃない?学者の論文を読んでるわけじゃないのだから、誰でもわかるように話したり書いたりすことを、なんで当たり前にしないんだろう?

難しい単語や熟語を使って伝えるよりも、簡単な言葉で言う方がほんとうはむずかしい。読む相手のことを思って書いてないのもその原因だ。だから、誰にでもわかる言葉で書くのは、ちょっと頭が良いだけではできないことなのだ。

ネットや本などではむずかしくて読めないような言葉を使う人がけっこういる。それはなんでだろう?と思う。
学校や大学でそういう教育を受けたからだろうか?それとも会社の書類を書いたりするのに難しい熟語を使ったほうが上司のウケがいいから?少しでも頭がいいと思われたいから?
どっちにしてもそういう人たちは自分が書いた文章や、言葉に酔ってしまっていると思う。
「あー自分って頭がいい・・」「完成した、やったな」」と、心の中で叫んでるような。最近流行りの論破とか、心の中でドヤ顔しているのだろうか?
もちろん本当に知識の泉があふれるような人もいるだろうが、論文書いてるわけじゃないのに、普段使わないような熟語や言葉で書くというのは、「能ある鷹は爪を隠す」「実のるほど首を垂れる稲穂かな」と謙虚さをいったことわざのように、謙虚さを無視して、むずかしい言葉で書くことに満足感を抱くというのは、自分から言わせてもらうと、とても稚拙で、そしてもっとイジワルに言うとエライ物知りで教養があると読む相手思わせて屈服させる・・・つまりグーの目も出ない状態にさせる・・・と言う気がする。「あーこの人頭がいいから信じてもいいかも・・」とおもわせたり、そういうのも洗脳の一種だと言える。講演会とか(行かないけど)偉そうに難しい言葉を使って話してる人は頭が良くて信じられてすごい人だーって(一般の人は)思ってしまうでしょ?(思わせてるわけだけどね)。それと同じだとおもう。自分は10個のうち3個以上難しい言葉使う人がいたら絶対に信じない。絶対にだまされない。

本当にむずかしいのは、簡単な言葉でわからせること。伝えること。わざわざ専門用語や聞いたことのない熟語など使う意味は、やはり、頭がいいと人に思わせたいから・・・という安易な理由しか思いあたらない。大学で少し知識を学んだ学生や、本ばかり読んで実際に人と話したことが少ない人の多くが、難しい単語や熟語をたくさん使った文章を書く。それが優秀さの証だと教育されたから。

かんたんな言葉で書く、話すこと。自分が初対面の相手を判断するとき最初に注目するのは、しゃべったり書いた文章が、わかりやすく、相手のことを思ってやさしく伝えられているかどうか?だ。