おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

ある日のバー、そして「暴利」について。

f:id:bearpond:20190718212835j:plain

 

最近 よく行くようになったバーのカウンターで撮影。

青いメラミン樹脂のカウンターに青いチェア。

明るい店内。

 

んーー、顔・・・丸い

 

 ∧,_,∧ 
(`・ω・)つ━☆・*。
⊂   ノ    ・゜+.
 し’´J  *・ °”

 

 

武田邦彦、っていうお方、テレビでコメントするおじさん。YouTubeを見たら、よくしゃべるうるさいオッサン、という印象が少し変った。=テレビでは、ただのにぎやかし的な感じだけど、なんだか、すごくまともなこと言うじゃない?と。

それは、ZOZOのあの経営者に関しての意見であった。

莫大な利益を自分のために使う経営者としての間違え、それは、ただの「暴利」であり、社会還元、社会貢献に回さないと正しい経営とはいえない、といった、具体的な話を聞いて、「利益とは?」「暴利とは?」など、ちゃんと考えないといけない気がした。

もしかして昔貧しかった故に、過剰な利益を自分のために使いたいのだろう、という親心的なことも言っていたが。

内容をザックリ言うと、

  • 正しい利益というのはモノの8%が基準である、
  • それ以上を取ることは暴利である、
  • 多額の利益は社会に還元するのが正しい経営である、
  • 利益というのは、自分の金ではなくお客様のお金と思わないといけない、
  • 利益というのは皆同じぐらいでないとおかしい、
  • アメリカの大企業の利益が総庶民の半数の所得に値するというまちがった暴利、
  • 日本人には太古から暴利という概念は無い、

などなど。 

若い人なんかは、「どんだけ儲けちゃったっていいじゃない!自分のお金なんだから!才覚があるんだから!」というだろう。しかし、経営の常識的である利益率は8%と考えた場合には、それ以上の過剰利益、還元しない基準以上の利益は=暴利となり、個人の利益だけを増やし、社会的にも経営的にも独裁になっていくわけである。

この動画で思ったのは、

誰が決めたわけでもないが、経営には順当で正当な利益というものが存在し、それ以上でもそれ以下でも社会的なバランスがおかしくなり、さらに、個人が過剰に金を欲する(または取得する)のも、精神的にも社会的にもバランスが崩れていくということだ。

 

摂理(せつり)というものがある。宗教的な意味ではなく、自然の法則=目には見えないが、水が上から下へ流れるように自然に物事が決まっている法則のようなもの、という解釈の「摂理」。 目に見えないバランスを崩すこと、それは一瞬、簡単にできるかわりに、自然のバランスが崩れたため、どこかで代償を払う必要になる、そういうものである。(これを仏教用語で ” 因果応報 ” という。または新しくはブーメラン現象とも言う)

たとえば、農作物を必要以上にたくさん作るとか、過剰に海を埋め立てるとか、そういった必要以上に欲すること、つまり=「欲」が発生している行為は、「摂理」に反していることであり、どこかでバランスを戻すために ”何らかの代償” が必要になる、という考えが自然である。こういった考えは目に見えないだけにウソっぽいが事実である。

何でも、必要以上に欲っした結果は、それと同等の代償が必ずのちに払わないといけない。