東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

美しいものや美しい心で生きて死ぬ

ほぼバイデンに決定して本当に良かった。CNNの黒人の男性アナウンサー(キャスター)が本番中に泣きながら、”これで本当にアメリカの正義が戻ってくる・・”のようなコメントを話していたのが切実に思えた。

普通の毎日、普通の家庭、普通の会社、どこでも差別する意識と分断する意識は誰もが心の奥底に持っていて、ふとした他人の行為が気に入らない時に、怒り、攻撃、そして難癖つけて差別・・・と、エスカレートしていくのが当たり前の余裕のない人間社会になっている。

醜い人間。自分も同様に醜い人間だと時々自己嫌悪になってそう思う。なんとかそういう心の中の汚い芽を大きくさせないようにしたいと思っているけれど、怒りと批判が「気持ちいいからもっと怒れー!」と言ってくる。

アメリカ人が今まで誰もが口にしなかったことを、偏見ある男がバーでグチるようなことを、トップである者が公然と平気で言ってしまったために、いままでアメリカ国民が口にしてはいけないのだ、と思っていた差別や攻撃することを「あ、いいんだ!大統領が言ってるんだから!」と、平気で他人に偏見や差別で攻撃するようになってしまったのだ。

アメリカ人は子供である。先生が言ってるのだから言っていいんだ!そう思っても間違えじゃないんだ!って思ってしまった。

ポンペオ国務長官、あの巨漢の男はライフル協会の者だし福音派であるし、つまりこの4年間のアメリカは、拳社会応援、白人至上主義、それらを推し進めていたに過ぎない危険な集団だったのだ!

とにもかくにも、アメリカの白人の多くは白人至上主義であることを忘れてはいけない。

この「〇〇主義」という言葉、自分は好きではない。何かに「主義」をつけるといかにも正論っぽくなって聞こえなだろうか?

「自分たちはあなたがたよりも優れてます!」って言ってることがいつの間にか「主義」という正論に聞こえる言葉になってしまっている。あたかも学術的に正しいような、歴史的に当たり前であるような、そんなずるさを感じる言葉が=主義。

「あ、私 取説読まない主義なの!」とか

「私、お財布持たない主義なの!」とか

「味噌汁は飲まない主義なの!」とか

「テレビは観ない主義なの・・・」とか、もうわけわかんない主義の連発で、いかにも正論ブッこいてる風な女(男も)近くにいない?

ということで、誰もが正しいことを言ってる風でも、言葉で正論を押し付けてるだけである。

今の世の中に生きていると心を洗濯したい、って思う。。陰謀も戦略も、何もかもどーでもよくって美しいものや美しい心で生きて死にたい。