おとこひとり

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男装をやめた東大教授:の公演

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「男装をやめた東大教授」の公演をきいた。女装をしているが女性が好きな男性、こういうのはレズというのかわからんが、とにかくそういう人である。公演の内容は今回もかなりマジメである、選挙の話、とかで始まった。今回は質問コーナーというのが最後に30分あった。

質問:「就職できずに困っていますがどうしたらいいでしょう?」

答え:人が1年に食べる白米と地方の安い古民家を借りてその家賃と光熱などあわせて1年で約7万ぐらい。それだけ稼げば生きて行けるから就職できなくて悩むことは無い。今日本はTOSHIBAなど大手が破綻しているがこれは崩壊の始まりでさらに続く。就職していい目など見れるはずが無い。もっと視点を変えなければいけない。

質問:「親とうまくいきません。どうしたらしいでしょう?」

答え:学校で親孝行をしなければいけないと教えられた。そもそもそれが間違えで、親との関係がよければ自然と親孝行ができる、しかし、しなければいけないと考えてる時点でそれは親孝行ではない。と、孔子は言っている。つまり、親との関係が嫌であれば無理に良くしようと考えずに嫌なら親とわかれればいい。学校で教わったことなどに縛られず何もしたくなければしないほうが良いのだ。お墓参りも先祖供養もしたいと思わなければ、しょうがなくやるよりむしろしないほうが良いのだ、と。

質問:「女性の服はどこで買うのですか?」

答え:モデルさんが経営するショップで購入します。ネットで買った服はなぜかすぐ捨てることになります。つまり、モノを買うということはネットだと人が介入せずに買うのですぐに飽きて捨てることになる。ショップではその店の人と新たに人間関係ができる。同じく払ったお金でもモノだけに発したお金と人間関係ができたお金では違う。イエス・キリストはお金の使い方について言っている。お金は人間関係をつくるために使えと。ただモノを買うためにお金を使うのではなく。

 

「最後に 差別について 」

差別の対象になるトランスジェンダーレズビアンホモセクシュアルなど、そういったものが存在するというのは間違えである。そうではなく、「差別すること・差別する考え」だけが存在するのであって、その対象としている人たちは存在しないしそんな言葉も無い。 人を偏見の目で見るというのは、その偏見の目が存在するだけであって、ダメな人も趣向の違う人もそんな人は存在しないのだ。偏見の目や差別をする人というのは常に自分の中に恐れを持つし自分だけが正しいと思っていることが否定されることが恐ろしいのだ。

常に逆なのである。 いつからか逆が正になってしまったのだろうか。

 

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