おとこひとり

BEARPOND[ベアポンド] ゲイ 1957年東京生まれ・在住 無宗教・無信仰・嫌煙 Mac在宅デザイナー ■話し好き。笑わせるのが好き。 ■自分大好きのナルシスト。自分がまあまあ最高だと思っている。自分がおもしろいと思っている。 ■銭湯・スパなど、裸になるところが好き。 ■酒好き。飯をたくさん食うヤツが好き。カラオケ好き。 ■イビキ・パチンコ・競馬・賭け事一般・ゴルフ・野球・などは嫌い。 ■洋服大好き。雑貨好き。買物好き。HERMES 大好き。女の所作にはきびしい。

美しいか、美しくないか?

f:id:bearpond:20180518160458j:plain

何かを判断するときに、「正しいか,正しくないか?」で判断するのが普通だが、たいていは考えに疲れて無難なほうを選び答えは見つからない。そういうとき、

「正しいか,正しくないか?」ではなく、

「美しいか、美しくないか?」で判断すると良い。と、先に読んだ本に書いてあった。・・・同感である。

美術系である自分は、いつもそういうことを無意識に考えているが、一般職、事務職、公務員、土木作業員、とか、仕事で「美しさ」は関係ないと教えられてきた人達にとって「美しいか、美しくないか?」なんて普段考えたこともないだろうし、それって人の容姿に対する言葉じゃないの?って思うだろう。

建築図面のような、ただの線と記号の図面でも、バランスや線のカタチに無駄が無く「美しい」と、できた建物は美しく完成度が高くなるという。

また、戦争で戦術を参謀するときに、兵士の配置、時間的な移動などなどの戦術が無駄なく作られたものはすばらしい戦術=「美しい」という。

美しいか、美しくなか?を、モノやコトにたいしての判断材料にすればいい。

誰もが美しさを感じるのが人間だだと思うが、美しいと感じるには、自分の心の中の既成概念を壊す必要がある。美しいと感じることは、とにかく生きることが優先である時代には、軟弱だと刷り込まれている。「美」で飯は食えないと。だからきびしい時代を生きぬく時の判断で「美しいか、美しくないか?」などという発想が捨て去られて今に至るわけだ。

しかし、ひとつ問題がある。それは、あなたが「美しい」と感じることができるか?だ。さらに、「美しい」と判断したことが「正しいか正しくないか?」で、また疑問の振り出しに戻ってしまって本末転倒になる。