おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

精神年齢こそ、人を好きになったり嫌いになったりする要因だった。

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「あのこ、精神年齢低いね〜」
って、よく言うじゃない?


精神年齢、って、普通に、みんな軽く言っちゃってるけれど、
「精神の年齢」って、意味わかって言ってるのだろうか?と思う。
実年齢じゃないもの、それが精神の年齢、という説明をするだろうが、じゃ、その精神って。「何?」その精神には、何で、年齢があるの?

 

精神年齢を言うときに、
高いか? 低いか? という言い方をしますが、「高い・低い」と言う言いかた、このことが精神のことを、よく説明していると思いませんか?

学歴? 遺伝? 勉強不足? 
どんなに教養があっても東大を出ても、精神年齢が高いね、とは言わない。学歴や教養ではない、まったく別の物だと、無意識にみな、知っている。

スピリチュアルなブログになってしまいそうなのでイヤだが、感覚でハッキリわかること、それは精神が幼いというのは、イコール「生まれ変わった回数が少ない」ということであり、逆に、精神年齢が高く感じる人は「生まれ変わった回数が多い人」だと言えるだろう。

しかし、ただ単に、生まれ変わった回数が多ければ良いか・・・というのも、ちょっとちがう。精神の発達には、その時代に・・・いや、やめておこう。これ以上進めると変なブログになってしまいそうだ。

 

この精神年齢が高いか?低いか?によって、犯罪の多いか?少ないか?も、決まる。かってなこじつけのようだが、精神構造の幼い人は善悪の判断が弱い(これは感じることだが)。「なぜ、あんな犯罪を犯すのだろうか?」と言った疑問、理由がわからないその人への、なぜ?という疑問の答えには、この精神年齢の高い低いが説明してくれる。

しかし、かんちがいしないでほしい。脳に障害のある人のことでは無いということを、ハッキリと言っておく。むしろ、障害のある人たちのほうが精神年齢が高いことがある。


人と人との出合いのとき、人は、この精神年齢を無意識に感じている、と思う。感じるのが普通であった(太古の過去は)と思う。
精神年齢で、その人なりを判断している(していた)と言っても言い過ぎではない。
気が合うとか合わないとかじゃなく、それを察知して「この人おもしろい人だ」とか「めんどくさい人だ」とか「近よらないほうが良さそうだ」とか、そういう判断が無意識にできているのだと思う。

この精神年齢こそ、人を好きになったり嫌いになったりする要因だったのだ。