おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

手を洗うのは「儀式」

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トイレに行って、おわってから,

何で手を洗うんでしょうか?

 

すごい質問ですが、

こんなこと考えた人、いるでしょうか?


いや、自分も洗いますが、正直、

「洗う」っていう意識(言葉)は変じゃないか?

と、思うのです。

みんなが洗ってるから、洗う。

子供のときから言われてたので、洗う。

そんな理由で洗う気がする。

 

もちろん、洗うわないと、まわりから「うっそー!?汚ねぇ〜!」って声が飛んできますが、正直、男性の多くは小便のほうの場合、終わって洗う人は少ないです。しかし、オシッコが手についたら洗うとか、アオコを触ったので洗う、とか、ばい菌があるかもしれないから洗う、とか、汚いものを洗うというような科学的な問題なのでしょうか? しょせん、手を水で洗ったところで、気休めな気がします。

 

「手を洗わないと汚い」と言われるのは、

ばい菌を洗うためではないのではないか・・・?

 

それで、思ったんです。


「手を洗う」という本当の行為の意味。


この考えが一番納得いく気がするんです。
それは、

 

「不浄な場所に行ったことを清める」

 

という意味じゃないだろうか?

 

水で、手を清める。


手を洗うという意味は、

物理的な汚れではなく、

水と言うものを使って精神的な汚れを落とす、

一種の、「儀式」であると思う。

 

神社で最初に手を清める水場がありますが、本殿に入る前に、そういう清めが必要なのと同じように、トイレという場所に入った、もしくはそういう行為をした後、普通の暮らしにもどる前に、「手を清める」という行為が必要である。

 

これは日本人の、日本人であるところだと思います。

日本は欧米諸国とちがい、合理的ではない生活です。すべて、物理的でも科学的でもない行為がたくさんあります。神道である時期が長かったので、儀式がいたるところに無意識に入り込んでいると思います。