おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

生命力をアップする方法/今日の蓮舫

昨日、トイレで座っていると、

ふと、「元気」というのはこういう感じなのか?と、感じた。

「元気」をイメージでいうと、

鼻からすーっと抜けの良い感じ

視界が開ける感じ

輪郭がはっきりする感じ

 

体のどこかで(脳じゃないとうこと)一瞬こんな感覚がした。それが「元気」=「生命力」=生きている実感」というものだろうか、と感じた。

元気 というのは、何も医学的なものを言うのではなく「元気という感覚」を感じればそれが元気であると言える。

前に書いたように、視界が広がったり鼻からすーっと抜けてくような感じだったり輪郭がはっきりするようなことが「生きている実感」ということじゃないだろうか?と思った。

 

感覚ではないけれど、

こういう意識も元気という感覚を取得する方法だと思う。

人目を気にしない

これは、なかなかできそうで勇気がいる。

自分がしたくても躊躇していたこと、例えば真っ赤なパンツ(ズボン)をはくとか、化粧を思いっきり派手に変えるとか、自分を変えることが意外と生命力をアップさせる=生き生きする=免疫力が上がる、と思う。

 


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いやぁ〜どう評価していいかわからないけれど、今日の国会は、これでいいんでしょうか・・・? といった感想。今、問題になってる自民党の松本・国対委員長代理が銀座のクラブを夜11時まではしご。公明党の遠山議員も11時過ぎまでクラブはしご。これらに蓮舫が強い訴えで総理が謝罪。こういう時の蓮舫は良い。

さらに蓮舫

「待機中のコロナ感染者が多く亡くなったことについてどう思うか?」

総理

「申し訳なく思っています」

蓮舫

「それだけですか?もっと何か言ってください」

総理

「たいへん申し訳なく思っています」

蓮舫

「それだから国民に声が響かないんですよ!何も伝わらなんですよ!」

総理

「それはちょっと失礼じゃないですか?」

「昨年9月から自分でやれることを十分にやっているんです」

 (政府席からパチパチパチ、と拍手)

総理

最終的には生活保護というセイフティーネットがある

という返答に蓮舫怒り浸透

「生活保護にならないようするのが政府の役目じゃないんですか!?」

総理

「まず自分ができることは自分でやる、最終的には国が助ける、ということを言いたかった」

蓮舫

「まだ『自助』を言うんですか。みんなやっていますよ。それでも生活できない。もう『自助』を口にするのはやめてもらいたい」

国会中継は何も議員同士の質疑応答だけじゃなくって、全国放送でみんなにアピールする機会だということが老人たちはわかってない。なので、こういう総理の答えには、もうこれ以上の説得力のある言葉は「脳内に存在しない」と思った方がいい。毎回、同じ事しか言えない、それは主義が一貫してるということではなく、ボキャブラリーの欠如、説得力の欠如、指導力の欠如、と言われてもしょうがない。生活に困らない高給取りの上級議員のサラリーマン対応としか思えない。しかし、最終的には「生活保護がある・・」という発言には正直驚いた。 各地域の役所の所員が言うのだったら、わかる。生活保護は役所に行って相談し申請するのだから。その生活保護は人の尊厳を傷つける。

人は「あぁ、ついに最後の手段を使ってしまった、落ちた・・」と思うのだ。できれば生活保護にはなりたくないのが人情に決まってる。それを人の落ちてゆく最終レールはひかれてるので大丈夫です、と言いたいのか、生活保護をもらう立場の心情が全くわかってない意識の上級市民。

銀座のバーに3軒はしごした自民党の松本・国対委員長代理はそこのクラブのママと懇意だと想像する。「軽い行動だった」と言う弁明のなんとも特権階級丸出しで悔しいではないか?そして今日の国会。これはコロナ対策がちゃんとされてればいい、と言う問題ではい、もっと根深い感覚の差が露呈し、先行きが日を追うごとに不安になった。