東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

世間の人が思うことが正しいとは限りません。一生懸命にやってきたことに対して”悪いことをした、汚点がついた” などと思うことなどないのです。

NHK Eテレの

美輪明宏の愛のモヤモヤ相談室

という番組をご存知でしょうか?

不定期なので、観るのも大変ですが、2、3日前に放送があって、その時の相談者の悩み事が、

「シングルマザーで子供を育てているのですが、昔、風俗で働いていたことで子供に対して罪悪感があって、どうしたらいいのか?バレたらどうしたらいいのか?」

という悩み事でした。

この方は、新聞配達、コンビニ、他いろいろなバイトで子供を育てているが、いっとき、苦しいときに風俗で働いたという。それで子供を育てたと。

こういう人、たくさんいると思う。

三輪さんは、

「でもあなた、大変でしたね。お子さんは感謝しているんですよね?」

「はい、仕事の時は家で待っていてくれます」

浅草、吉原の花魁の話を出した。三輪さん自身もそういう家の出身だそう。

「吉原の花魁さんは「花魁道中」という歌舞伎の演目にもあるように恥ずかしい仕事ではなかったのですよ。あなたもその時の職場の皆さんも良い人だったのでしょう?」

彼女は言う。

「その職場の皆は優しく変な言い方ですがお客様からは愛のようなものをもらいました・・・」

「子供にあえて言う必要はありません。子供が大人になればわかることです。もしいつかバレたときには正直に言えば良いのです。」

と、三輪さん。

「いつか歌舞伎の花魁道中の演目でもお子様と見に行ったら良いですよ」

と締めくくりました。

 

風俗。。。汚いもの、不純なもの、やらしいもの・・・と、いくらでも非難できるでしょうが、それを非難できる高尚な人が何人いるでしょうか? いたとしても1点の曇りのない人生を歩んでいると言える人がいるでしょうか? もし、いたとしたらむしろ人として未完成なもの、じゃないでしょうか?

この相談者は悩んでいます。でもそれが正常です。楽しくおかしく性欲や本能のままにしていたのなら、悩みもしないでしょう。 本当はしたくなかった、でもしなければ生きていけなかった。。。つまり一生懸命にしてきたことなのです。ただ世間はそれを「やらしい仕事」だと自分の汚点を棚に上げ他人事で言っているのです。

自分の欲を満たすために風俗で働くというのと生きるために生活のために風俗で働く、というのでは天と地の地の差があります。

世間の人が思うことが正しいとは限りません。一生懸命にやってきたことに対して”悪いことをした、汚点がついた” などと思うことなどないのです。